第26話「大徳王元春は物好きらしい」

「へえ、ミステリーイベントがあるんですね」

 

 と千歳が目を丸くする。


「ええ。だからわたしが呼ばれたってワケ」


 光翼寺は誇らしげに胸を張った。

 残念ながら戦力は千歳のほうが上だろうな。


 聞き上手な千歳はどんどん彼女から話を引き出している。


「それにしても」


 不意に光翼寺が千歳をじろじろ見た。


「芸能人並みの子ね。お芝居できるならイベントに出てもらいたいくらいだわ」


 と彼女が言う。


「千歳はたしかに芸能界でも食っていけるでしょうね」


 と俺は同意する。


「でしょう? そう思うわよね!」


 光翼寺は我が意を得たりとばかりに喜ぶが、


「素人なので足手まといになるのがオチだと思います」


 千歳は愛想よく断った。


「残念ね」


 本気で欲しがってたわけじゃないのか、光翼寺はあっさりと引き下がる。


「他の人もたぶん目的地は同じだと思いますが、知り合いはいるのですか?」


 俺はいい機会だからと訊いてみた。


「ええ、何人かはね。でもあなたたちみたいに初めて見る顔もいるわよ」


 と光翼寺は話す。

 

「全員がイベント目当てなのかなあ?」


 首をかしげたくなった。


「そんなことないと思うわ。イベント参加予定者よりも、ホテルの宿泊可能人数のほうが多いんだから」


 光翼寺は何度も来てるらしい答えを言う。


「なら関係なさそうですね」


 と俺は応じる。

 俺たちみたいな客もいるんだからそりゃ当然か。


「あいにくとそんな知名度があるイベントじゃないからね。わたしも大人気作家というわけじゃないし」


 と光翼寺はここで自嘲する。


「そんなことないですよ! とても素敵な作品を書かれていると思います」


 すかさず千歳がフォローした。


「あら、お上手ね」


 光翼寺はまんざらでもなさそうに微笑む。


「ミステリーファンで有名な人に呼ばれるくらいなのだから、すごい人なのだろうなと僕も思います」


 と俺も続く。

 

「そうでもないわよ。本当に有名な人はかえって呼ばれにくいし。わたしくらいがちょうどいいってことなのよ」


 光翼寺は何やら自虐か謙遜なのかわかりづらいことを言う。

 俺には無理だと思い、千歳をちらりと見る。


「でも優れてない人は呼ばれないのも事実でしょう?」


 と言って千歳はそこから言葉巧みに光翼寺をいい気分にさせていた。

 どんな状況にも一人千歳は欲しいよなと思いながら、近くで見ている。


「あ、そろそろね」


 不意に光翼寺が視線をあさっての方向にやった。

 つられて視界を移動させると、島の姿が大きくなって桟橋が見えている。


 そして老年の執事服を着た男性と、メイド服を着た若い女性が出迎えるように立っていた。


「いらっしゃいませ」


 彼らは光翼寺が目当てだったらしい。

 とりあえずそっと離れて千歳と二人緋色館へと向かう。


 幸いホテルまでの詳細なマップは記載されてたし、千歳が一緒なので何の心配もいらない。


 十五分ほど歩いたところで壁も屋根も緋色で統一された洋館風の六階建てホテルが見えてきた。


「建物の色からとったのかな? それとも緋色館って名前にしたかったから、緋色にしたのかな?」


 と俺は入り口の前に立ちながら千歳に言う。

 正解なんて俺たちにわかるはずもなく、彼女の考えを聞いてみたかっただけだ。


「後者よ。おじいさまは物好きだから」


 ところが第三者、それも女の子の声が不意に割って入ってくる。


 人の気配にはもちろん俺たちは気づいていたが、まさか答えてくれるとは……と思いながら声の主へ目を向けた。


 身長は140センチくらいと小柄な美しい金髪をサイドテールにした、西洋人形みたいに可愛らしい少女だ。


 黒色のゴスロリファッションと顔立ちや雰囲気がマッチしている。

 

「そうなのですね。おじい様とおっしゃったということは、大徳王元春様のお孫さんでしょうか?」


 千歳がさっそくコミュニケーションを取りにいった。


「そうよ。わたしはニーナ。よろしく」


 ニーナと名乗った少女はにこりともせず、右手を差し出す。


「はい、よろしくお願いします」


 千歳は笑顔で握手に応じる。

 次にニーナは俺へと寄ってきて右手を差し出したので、俺も握手をした。


 小さくてひんやりとした女の子の手だった。


「あなたたちは観光?」


 と俺をじっと見上げながら彼女は訊く。


「ああ。知り合いに宿泊チケットをもらったんで、せっかくだから使おうと思ってね」


 答えつつ俺はチケットを彼女に見せる。


「そう」


 彼女はちらりとチケットを見ただけで、すぐに視線を俺に戻す。


「ねえ、よかったら友達になってくれない? あたし、ヒマなの」


 唐突すぎるお願いにさすがに面食らうと、


「ニーナお嬢様!」


 そこに若い女性があせった顔で駆け寄ってくる。


 桟橋で見かけた女性のものと似ているけど、若干異なったデザインの服を着ていた。


 膝がぎりぎり見える程度の長さのスカート丈だからか、ちょっと動きにくそうだ。


「見つかった」


 ニーナは舌打ちしたものの、表情に諦めの色が宿っている。

 若い女性は俺たちに一礼したあと、すぐにニーナに向きなおる。


「無断で外出されては心配します」


「だって反対されてばかりだもの」


 言いあいをしながら、ニーナは女性に手を引かれて素直に去っていく。

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