メモ3「緋色館事件」

第25話「光彦と千歳は孤島に向かう」

「エリスさんは残念でしたね」


 と船の上で風を浴びながら千歳が言う。


 白い大きな帽子をかぶり、清楚なワンピースを着た彼女は良家のご令嬢にしか見えない。


 何人かの男性客が全員一度は彼女に見とれ、同伴の女性に肘打ちされたりつねられたりしてたのは目の錯覚じゃないだろう。


「そうだな」


 俺は同意するが、半分は本気で残念に思ってる彼女に対する義理だった。

 俺たちは今船に乗って、孤島にあるというホテルに向かっている。


 永沢家から事件の解決のお礼の一つとして、ホテルの無料宿泊チケットをもらったのだ。


 三人まで使えるとのことで永沢エリスも来るはずだったのが、昨朝から発熱したので大事を取ってもらった。


 ただ遊びに行くんじゃなくて泊まりだからなぁ。


 仲良くなったとはいえ同級生女子がいるより、千歳と二人きりのほうがずっと気楽だった。


「他の客も目的地は同じなんだろうな」


 と千歳に話しかける。


「ええ。宿泊施設はホテル【緋色館】以外にないみたいですから。海や森林が目当てだとしても、泊まりの人は全員同じ場所になるでしょう」


 下調べをする性格の千歳が答えてくれた。


「海はともかく森林もあるのか」


 と言ってるうちにその島が見えてくる。

 たしかに遠目で見るかぎり、大半が木や緑のようだ。


 暮らすならある程度開発したほうが便利だろうに。


「【緋色館】を建てた方が大規模な開発を好まなかったそうですね。自然はなるべくそのままにしておきたかったとか」


 と千歳が説明する。


「なるほど」


 緑に囲まれて過ごしたいだけで、緑を破壊したいわけじゃないって感じか?


「金持ちの考えることはわかんないな」


 とつぶやく。

 何でわざわざ不便な孤島を選んだんだろう。


 日本なんて七割くらいが山や森林のはずだから、人が来なくて自然に囲まれた土地なんて探せばいくらでもあるし、金持ちなら買えるだろうに。


「オーナーはミステリー小説のファンだからじゃない?」


 俺のつぶやきを聞いたらしい30歳前後の紺色スーツを着た、ショートへアの女性が言う。


「そうなんですか?」


 年長者への礼儀を守るためにも聞き返すと、女性はうなずいた。


「オーナーの大徳王元春(だいとくじもとはる)のこと知らないんだ? 見たところ高校生くらいだし、無理もないかな」


 一人で結論を出し、女性は説明をはじめる。


「小さな建設会社を大企業に育てた辣腕家と同時に、愛書家で特にミステリーが好きでね。ミステリー小説の新人賞や映画ドラマのスポンサーやってるのよ?」


 そんな人がいたのか。


 小説好き、あるいは出版業界関係者の間では話がわかって金払いもいいパトロンとして有名な人らしい。


「あ、わたしは作家の光翼寺(こうよくじ)つかさ。言うまでもなくペンネームね」


 と女性は名乗り、名刺をくれる。


「光翼先生は『少女に向かない時間』や『苦しい時計』を書かれた方ですね」


 受け取った千歳がさらっと彼女の著作に触れた。


「あら、知ってくれてるの?」


 光翼寺の表情が明るくなる。


「ええ。少女探偵スバルがとても好きです」


 と千歳が告げた。


「ありがとう! スバルは設定するのに苦労したから、そう言ってもらえるとうれしいわ~」


 うれしそうに光翼寺は応じる。


 千歳がミステリー小説を読むのは知っていたけど、まさかミステリー小説家と話で盛り上がれるとは。


 ある程度話が進んだあと、不意に作家の視線がこっちに向けられる。


「こっちの男の子はあなたの彼氏かな?」


 興味本位だけど好奇心が100%であり、街中でよく見る「釣り合いが取れてない」という嘲りがゼロなのにはちょっと好感を抱く。


「いえ、わたしの雇い主ですよ」


 千歳が俺でも感情が読めない笑顔で訂正する。


「正確には雇い主の孫ですかね。僕はこういう者です」


 一応名刺は持っているので光翼寺と名刺を交換した。


「幡ヶ谷探偵事務所……あなたたち探偵なの?」


 彼女は俺と千歳の名刺を見て目を見開く。


「ええ。本業は高校生なのでバイトみたいなものですけど」


 と俺は建前を言う。


「高校生探偵って本当に存在してたのね! フィクションの中でだけかと思ってたわ!」


 光翼寺は感心しているが、正直気持ちはわかる。

 彼女のような反応をする人も珍しくない。


「よく言われます」


 笑って受け流すと、彼女は急に笑みを消す。


「ねえ、もしかして大徳王元春から依頼を受けたんじゃない?」


 この質問は想定外すぎたのできょとんとする。


「えっ? 何の話ですか?」


 光翼寺は俺の顔をじっと見つめた。


「とぼけてるわけじゃなさそうね。そっか、まあ高校生探偵だとあの人も依頼しづらいかな?」


 彼女はぶつぶつとひとりごとを言う。


「ごめん、聞かなかったことにしてくれない?」


 と彼女は我にかえって俺に頼んでくる。


「別にいいですよ」


 快く応じた。

 今回の旅はリフレッシュが目当てで、仕事を探してるわけじゃない。


 必要とされてないなら首を突っ込まなくてもいいだろう。


 金持ちの著名人だったら、俺よりもずっと頼りになる専門家を招へいすることだってできるはずだ。

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