第19話「犯人の顔はすぐわかる」

「とりあえず犯人は見つけたし、顔もわかったよ」


 とこっちを見守る千歳に言った。


「よかったです」


 千歳はただ微笑む。


「さてどうするか。異能の名前と能力、犯人の顔はわかったんだけど」


 それだけだからなぁと思わざるを得ない。

 

「犯人の性別がわかったのなら、作戦を練っていくことはできるかと思います」


 と千歳が言ってくる。

 

「そうだな。犯人は女。おそらく中学生から高校生だ。能力を使うのは午後4時半以降が多い。ここで待っていれば現れるかもな」


 俺はひとまずわかったことを答えた。

 千歳が言ったとおり女性だったか。


「犯人が何も知らずこれからもここを使うつもりなら、待ち伏せするのがいい」


 と提案する。


「顔しかわからない相手をたった二人でこの街から探し出すのは、非現実的ですものね」


 彼女の言うとおりで、この区の人口はたしか10万人だっただろうか。

 二人だけで探し出すのは無理難題のたぐいだ。


 千歳は賛成して可愛らしい腕時計をちらりと見る。


「運がよければ今日やって来たところを取り押さえられますね」


「そうなったら最高だな」


 彼女が笑いながら言ったので俺も笑顔で応えた。

 さすがにいくら何でも上手すぎる話かな?


 張り込みや待ち伏せのたぐいは時間がかかるのがセオリーである。


「写真の撮影ペースが三日に一回くらいでしたので、三日ほど粘ればいけるのではないかと思いますけど」


 千歳はぬかりなく撮影のスパンも把握していた。

 おかげで長くても三日という展望が描けて助かる。


「それなら何とかなりそうだな」


 ここにきて急に行動パターンを変えることは考えづらい。


「依頼人に連絡をとりますか?」


 と千歳が訊いてくる。

 倉下にそろそろ解決できると伝えて、安心させるのかということだろう。


「やめておこう。三日後、解決したと言っても変わりはないはずだ」


 俺は待ったをかける。


 確率としては高くないかもしれないけど、犯人が病気などで倒れて現れない可能性だってゼロじゃない。


 あんまり依頼人をハラハラさせるのは趣味じゃないんだけど、慎重にいきたい。

 ぬか喜びをさせるのも申し訳ないからな。

 

 進展アリくらいはいいかなって思うけど……やっぱりやめておこう。


 ダイヤモンドローズは来ると確定していたし、警察も来ていたけど今回は状況が違う。


「結果が出るまで慎重になれって名探偵たちも言っている」


「はい」


 千歳がくすっと笑ったのは、俺が好きなミステリー小説に出てくる探偵の言葉だと気づいたからだろう。


 彼女には俺の本棚のことまでばっちり把握されている。

 とりあえず雑談をしながら犯人がやってくるのを待つ。


 ……16時半になり、17時になってもそれらしき人物は現れなかった。

 もちろん誰も異能を使わない。


「来ませんでしたね」


「いくら何でもそこまで虫がいい話はなかったか」


 俺は肩をすくめ、千歳と苦笑をかわす。

 犯人だっていつも同じ行動だと危険だと考え、パターンを変えることはある。


「意図的にパターンを変えたのか、やむを得ない事情があったのか、判断できないのが微妙だけど」


 俺の異能の限界がここだ。

 犯人の事情までは探ることはできない。


「何時くらいまで待ちますか?」


 と千歳に訊かれる。

 彼女も長期戦になることを覚悟したのだろう。


「21時くらいかな。それより遅いと犯人が目立ちやすくなるだろう」


 女子中高生が一人でこの展望台にのぼるのは、やはり日中のほうが目立たない。

 異能で情報を拾ったかぎりそれがわからない犯人じゃないと思う。


「では飲み物と食べ物を買ってきますね」


 と千歳が言った。


「その前にやっておきたいことがある」


 と言って彼女を制止し、【思い出手帖(メモリアルブック)】という異能を発動させる。


 記憶にある人物や風景をそっくりな絵として出現させる能力だ。

 

「交代で休憩するからな。千歳にも共有しておこう」


 俺が作り出した紙には黒髪ボブヘアの、どことなく陰気な女子の顔が描かれている。


 この子こそが倉下の写真を大量に撮った子だ。


「悪い子には見えないですけどね」


 と千歳がつぶやき、すぐに苦笑する。

 いかにも悪そうに見える悪党は意外と少ないとすぐに気づいたのだろう。

 

「じゃあ買い物に行きます。ないとは思いますけど、この子を見かけたら制圧してもいいですか?」


 千歳は地味に好戦的な質問をする。


「やめておいてくれ。犯人を見つけたらどうするか、依頼人に確認してないんだ。とりあえず本名や住所を把握して、それから連絡すればいいだろう」


 と答えた。


「了解です」


 千歳は微笑んで承知する。


「この子が着てる制服はよそのものだから、同級生でのトラブルという線はあまりないかな」


 と言うと、


「この子は単に依頼されたことをやっているだけで、黒幕が別にいる可能性はあるのではないでしょうか?」


 千歳にさっそく指摘されてしまう。

 たしかにありえることだけど、あまり考えたくない。


「その通りだけど、想定する中でもかなり面倒なパターンだぞ」


 その場合は黒幕が誰なのか、探し出す必要があるからだ。


「同感です」


 千歳も想像したのか、複雑そうな顔になりながら買い物に向かう。

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