第20話「光彦は考えすぎだとうれしい」

 結局この日は成果がなく、事務所に引き上げることになった。


「……たまたまならいいんだけどな」


 とこぼす。

 悪い展開になることを想定するのも習慣のようなものだ。


「例の子が近日中に現れるならいいのですけど、そうでない場合にも備えたほうがよいかと思います」


 と千歳が意見を出す。

 

「だよなあ」


 答えながら夜空を見上げる。

 異論は何もない。


 初期の想定よりも面倒な事件なのだと頭を切り替える。


「現れるならよし、現れないなら別の作戦が必要になるな。……異能使いを操る黒幕のあぶり出し方とか」


 そんなものすぐに思いつかないぞ、と弱音は吐かずに堪えた。


「わたしたちがあの展望台にのぼった途端、ターゲットが現れなくなったと仮定できそうですけど」


 と千歳が一つのアイデアを出す。


「その場合は展望台を監視する異能を使っていたことになるな。あるいは異能を感知する異能か?」


 どちらのタイプなのか判断はできない。


「光彦さんが発見した例の子の異能ではないのですよね?」


 千歳に確認される。

 俺の異能なら、普段は使わず隠してある能力も探り出せるからだ。


「ああ、それはない。あの異能は【手の届かない光景(ファーシーン)】。10メートル以上先のものを撮影するだけというシンプルな能力だ」


 つまり異能を感知する能力がない。


「もちろん展望台に向けていたなら、俺が異能を使ったことに気づけただろう」


 異能使いなら他の異能の発動を感知することはできるからだ。


「その場合、なぜ今日わたしたちが展望台にいると思ったのか? ですよね」


 千歳に考えを先回りされたので、こくりとうなずく。


「もちろん毎日展望台をチェックして、安全をたしかめていたという可能性だってあるんだけど、大量の写真を送りつけてきた犯人像とは一致しない」


 と俺は話す。

 写真を送りつけるのは己を誇示しようという意思が強い。


 慎重さとは対極にあると言っていいだろう。


「まあ慎重な性格なのにあんなことをするほど依頼人をきらっている、恨んでいる可能性もゼロじゃないんだけど」


 どうしたものかと千歳に言葉を投げてみる。


「ちぐはぐな行動を犯人がとるくらい依頼人がきらわれている、あるいはちぐはぐになるのは犯人が複数いるから、でしょうか」

 

 千歳は簡単に整理して返してくれた。


「そうなんだ。黒幕と実行犯がいるなら辻褄はあう。黒幕は犯行を誇示することになっても、自分のリスクは低いんだからな」


 と俺が言うと、


「だとするとなぜ実行犯は言いなりになっているのか? という疑問が現れますけど」


 千歳のこれは合いの手だろう。

 

「本当に面倒だな。考え出すときりがない」


 俺は嘆息する。

 

「だからこそ光彦さんのお力が必要になるのだと思いますよ」


 千歳がはげましてくれたので、小さく首を縦にふった。

 

「まああくまでも仮定の話で、考えすぎってこともありえるけどな」


 俺は笑いながら言う。

 考えを飛躍させすぎ、単なる取り越し苦労だったりしたら笑い話になるだろう。


 俺としてはそっちのほうが望ましい。

 

「ではわたしはここで失礼します。おやすみなさい」


 千歳は三階の事務所前まで来たところでぺこりと頭を下げ、四階への階段を登っていく。


「ああ、おやすみ」


 千歳がすぐ上の階に住んでいるおかげで送っていく手間が省けて助かる。 


「今日のところはさっさと風呂に入って寝るか」


 と独り言をつぶやく。


 一人で考えても埒が明かないだろうし、明日になれば千歳はいつもの時間に起こしに来るだろう。


 手間かけさせるのは悪いし、どうせ考えるなら千歳の意見も聞きたい。

 そっちのほうが捗るのだ。



 ……三日が経過してもターゲットは展望台に現れず、俺たちは次の作戦を本格的に考えることになった。

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