第17話「千歳がひと晩でやってくれました」

「光彦さん、ある程度の洗い出しが終わりましたよ」


 と千歳は翌朝、各地に赤い丸を書き記したマップを俺の前に差し出す。


「全部市内なのは正直予想していたとおりですね」


 と言い添えて。

 千歳がひと晩である程度のことをやってくれていたらしい。


「おお、ありがとう。さすが千歳は頼りになるな」


「いえいえ。お役に立てて何よりです」


 礼を言うといつもの笑みが返ってきた。

 マップを受け取ったものの、まずは飯を食べたいので脇にどける。


「食べてから確認するよ」


「ええ。できたてを召し上がれ」


 千歳も俺の性格をよく知っているので微笑んで、二人一緒にご飯をたいらげた。


「情報を整理してみたいな。時系列順に並べかえて」


「あくまでも届いた順番に並べるなら、一か月前学校からの帰り道ですね。スーパーの前です」


 見るまでもないと千歳が即答する。


「そこから楕円を描くようにして少しずつ学校から離れていき、あるポイントに近づいていると思います」


 彼女の指摘には俺も気づいていた。


「そこが倉下の自宅だったりするのかな?」


「おそらくは。大穴として犯人の能力行使地点という線もゼロではないと思いますけど」


 と千歳は言う。

 

「いくら何でもな……」


 俺はバカバカしいと思ったけど、千歳は真剣な様子なので否定するのをやめる。

 犯人が必ずしも利口だとはかぎらない。


 身勝手で呆れるような思考回路の持ち主だっている。


「さて、学校に行く時間ですよ」


 制服姿もよく似合う千歳にうながされ、俺は通い慣れた道を歩くことになった。



 最近一緒になることが多かった永山だけど、今日は姿が見られない。

 

「倉下にでも付き添っているんだろうか」


 と言うと、


「そちらのほうがよいでしょう。エリスさんも女性なので心配には違いないですけど」


 千歳はきちんと意図を拾ってくれた。


「希望が出たら千歳がついたほうがいいな」


 と俺は言う。


 千歳が盗撮対象になるのはムカつくけど、依頼人のリスクを減らすためには最善の一手だった。


「どうでしょうか?」


 ところが千歳は賛成してくれない。

 

「何か懸念事項があるのか?」


 俺はいったい何を見落としているんだ?

 気になったので率直に訊く。


「犯人の狙いが不明ですからね。現状でわたしがガードに動いたとはっきり示すと、犯人を刺激する悪手になるかもしれません」


 と千歳は答える。


「たぶんエリスさんも同じ考えだったから、今日は来なかったのでしょう。本当ならわたしと光彦さんと一緒のほうが安心ですからね」


 彼女の説明は納得できるものだった。

 そうか、永山も同じことを考えているかもしれないのか。


 相手が単純にいやがらせをしているだけなら、俺や千歳が動くだけでびびってやめるかもしれないと思っていたんだけど。


 逆上してかえって過激な行動に出ることを、千歳は考えたんだろう。


「……こういう時って、男女で考えに違いが出たりするのか? それとも俺がズレているのか、どっちだと思う?」


 何かミスっていたのか、それとも俺のミスとは言えないのか?

 気になったので千歳の意見を聞いてみる。


「そうですね。光彦さんの勇敢なところは素敵なのですけど、誰もがただちに勇敢な行動をとれるわけではないのです」


 千歳の回答は俺を否定せず、倉下と永山のことを守っているように感じられた。

 そういったことができるのが千歳である。


「そうだな。そしてそれが最善手とは言えないしな」


 と答えた。

 選択を要求されることが多いし、選んだものが最善とはかぎらない。


 それでも俺たち探偵は依頼人の安全を守り、利益を確保できるように努力し続ける必要がある。


「……どうしますか、光彦さん?」


 千歳が俺の意思を訊いてきた。

 

「犯人が違和感を持たない程度に千歳が倉下をチェックするというのはどうだ? 永山がいればある程度は実現できてるかもしれないけど、任せられないだろう」


 彼女に任せていたら依頼された意味がないだろう。

 そもそも俺たちにとって永沢だって守るべき対象である。


「はい。校内で撮られた写真は一枚もなかったので、やりようはあると思います」


 と千歳は微笑む。


「もちろん現時点ではという可能性があるけど、校内じゃ無事なんだよな。何を意味するんだろう?」


 と俺は彼女に訊く。


「同じ学校の生徒なら、校内では誰に見られるかわからないというリスクをきらったのかもしれません。外部犯なら異能の発動条件が絡んでくるかと」


 千歳は予期していたようにすらすらと答える。

 後者のほうは俺も思いついていた。


「大きな建物の中じゃあ使えない。あるいは人数が多い場所じゃ使えない、といった条件だな」


 写真はすべて屋外のもので、しかも倉下以外の生き物は写っていなかった。

 自分か対象のどちらか、あるいは両方が屋外にいる時にしか使えない。


「それに一度に写せる生物の数に上限があるかもしれないぞ」


 これらの可能性はそれなりに期待できるんじゃないだろうか。

 俺の意見に千歳はこくりとうなずく。


「あれだけの枚数があれば偶然通行人や野生動物が写ってもいいものです」


「……ただ、これだけじゃあ犯人につながる手がかりにはならないよな」

 

 と俺が悔しさを込めて言うと、千歳は残念そうにもう一度うなずいた。

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