第12話「唐草警部は驚愕する」

 永沢が三人分のコーヒーを持って戻ってくる。

 

「千歳」


 飲む前に俺は千歳を呼ぶ。


「はい」


 返事をした彼女は三つのカップをチェックして、


「大丈夫です。何も入っていません」


 と報告する。

 何だ、考えすぎだったのか。


「えっ? ……えっ?」


 永沢は俺たちのやりとりについてこれず、コーヒーと俺たちの顔を見比べる。


「ごめんなさい。怪盗が変装して家の中に入り込み、睡眠薬をみなさんの飲み物に仕掛けてくる可能性を想定したもので」


 と千歳がゆっくりと永沢に説明した。


「あー、なるほど。アニメやドラマでたまに見るヤツ」


 と永沢は納得する。


「他のみんなの分も見たほうがいいかな?」


 そして不安そうになった。


「俺と千歳がいれば何とかなるだろ。他の人が眠ったなら、怪盗だって油断するだろうし」


 気にすることはないと俺は言う。

 

 早い話他の人が囮になってくれたら助かるってことだけど、さすがに直接的に言うのはひかえる。


「……気のせいだったらごめんね? 幡ヶ谷くんは警察を頼りにしてるって印象だったんだけど」


 と永沢は疑問を口にした。


「してるよ。ならなかった場合にも備えているだけだ」


 俺は即座に答えを返す。

 警察に頼りすぎたら危険だと思っているだけだ。


 それに協力的じゃない警察より、千歳のほうがよっぽど頼りになる。


「ああ、そういうことね」


 永沢は納得してくれたようだった。


「トランプでもしないか?」


 それを見計らって提案する。


「緊張感ないわね」


 彼女が呆れると、


「緊張は長続きしにくいですから。いざという時にスイッチが入るだけのほうが、よい結果が出やすいのですよ」


 千歳がくすっと笑いながらフォローしてくれた。


「……千歳さんがそう言うなら」


 と永沢は認める。

 人に信頼されたり、説得する力はやっぱり千歳がすごい。


 千歳しか勝たん。

 トランプをしているうちに予告時間の5分前が来た。


「……千歳さん、トランプメチャクチャ強くない?」


 と永沢がびっくりしている。

 まあその気になれば千歳はギャンブルでも生活できるだろう。


「そうでもないですよ。そろそろ時間ですね」


 千歳は永沢の言葉を優しく流し、スマホを見て告げる。


「どこから来るかな」


 と俺はつぶやく。


「素直に考えるならリビングでしょうね」


 と千歳が言う。


「えっ、どうして?」


 永沢が首をかしげる。


「自分の侵入経路や異能についてばれているなんて、ダイヤモンドローズ自身が知っているはずがないからです」


 と千歳が説明した。


「もし知っているとすれば、今永沢家の中にいる誰かが裏切り者か、ダイヤモンドローズになりかわっているかだな」


 と俺が言うと永沢はぎょっとする。


「裏切り? なりかわり?」


 おっと、言葉が刺激的すぎたか。


「あるとしたら後者かな」


 警備が大して厳重とは言えない民間家庭に、わざわざ内通者を用意するとは思えない。


 人数が増えれば発覚するリスクも高くなるものだから。


「二人は大丈夫だよね?」


 と永沢が言う。


「心配いらないけど、証明するの難しいよなあ」


「なりかわり可能な異能は、危険度が高めに設定されていますね」


 俺たちの回答に彼女はきょとんとする。

 何でわかるのかって言われても、説明が難しいんだよな。


「光彦さんが本物かどうかなら、わたしは一秒足らずでわかりますのでご安心を」


 と千歳は微笑み、永沢がひるんだ。


「俺も似たようなものだな」


 と説明をわざと省略する。


「信じるね」


 それでも充分だったらしく、永沢はこくりとうなずく。

 

「時間だな」


 残り三十秒を切ったところで意識を切り替える。


「降りて警察と合流しよう」


 と俺は言う。

 ダイヤモンドローズに立ち向かうなら異能は必要になるからだ。


 目の前で使って見せないと誤認される可能性がある。

 リビングに行って永沢をご両親のそばまで送り届け、俺たちは壁際に移動した。


「5、4、3、2、1、0」


 彼女のカウントダウンが終わるが、何も起こらない。


「あれ?」


 と永沢の声が聞こえると同時に俺は異能を発動させる。


「天に輝く十の星の輪、地に座す七つの王冠。結びて起これ。悪魔の劇場(グランギニョル)」


「!? 異能使い!?」


 唐草警部をはじめ、警官たちがぎょっとして俺を見た。


 顔ぶれが同じだったから予想していたんだけど、マジで異能使いのことを信じてなかったんだろうなぁ。


 黒い薄膜を永沢家で覆うように領域を展開する。


「だから言ったじゃないですか」


 永沢が不満いっぱいに抗議してにらむ。


「あ、いや」


 手品やインチキだと決めつけるほど無知じゃなかったのか、唐草警部がひるんだ。


 直後、標的になっていたペンダントが視界から消える。


「出たな、怪盗ダイヤモンドローズ」


 ここで来たってことは俺の異能を警戒してないな。


「【模倣(コピー)・逆巻き時計(バックトラック)】」


 悪魔の劇場(グランギニョル)の真骨頂。

 それは一度再現した異能を保存し、自由に再現できることにある。


 まず俺が選んだのは領域内で起こった出来事を、逆戻りさせる異能。

 これによってダイヤモンドローズがペンダントを盗む瞬間まで時間を戻す。


「【模倣(コピー)・静かなる警報(サイレントサイレン)】」


 次に見えない相手を可視化させるマーキングをつける異能で、ダイヤモンドローズの真っ赤にする。


 おかげで全身が赤ずくめの人型が出現した。


「!?!?!?!?!?」


 ダイヤモンドローズは何が起こっているのか理解できず、混乱し硬直する。


「確保!」


 その隙に俺は叫び、千歳がダイヤモンドローズを取り押さえてしまう。


「……ウソだろ?」


 唐草警部は信じられないという表情でうめく。

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