第11話「永沢さんを落ち着かせたい」

「ごめんね。何となく不安になっちゃって。二人の顔を見たくなって」


 校門の近くまで来たところで永沢がぽつりと言った。


「いいのですよ、それくらい。ですよね、光彦さん」


 と千歳が同意を求める。


「依頼人のケアも仕事のうちだからな。成功報酬に上乗せは要求しないから安心してくれ」


 と俺はおどけて答えた。

 報酬を払ってくれてるんだから何も気にしなくていい。


「うん、ありがとう」


 永沢はほっとした顔になる。

 珍しい組み合わせだと言いたげな視線を時おり浴びながら、校内へ入っていく。


 あとのことは千歳に任せて俺は日常生活に戻り、ついにダイヤモンドローズの犯行予告日を迎える。



 俺は千歳を連れて21時には永沢家に到着すると、すでに警察関係者たちは来ていた。


「何だ、来たのかガキども」


 と唐草警部が顔をしかめる。


「不安だからとわたしが来てもらったんです」


 永沢がきっとした顔で言うと、


「まあ邪魔しないならかまわんよ」


 肩をすくめて受け入れた。

 相手が女子高生だからか、と勘繰るのは意地が悪いだろうか。


 リビングに通されると永沢の両親が小さくうなずいて迎えてくれる。

 二人とも緊張した面持ちで顔色もよくない。


 テーブルの上に例のペンダントが置かれ、それを囲うように警察官が立っている。


「猫の子一匹入り込めない防御網だ」


 と唐草警部が得意そうに言ったけど、過去の警察と同じ失敗をしている気がしてならない。


「ダイヤモンドローズは異能使いの可能性が高いのですが」


 俺は一応話してみる。


「異能使いだろうが何だろうが、ペンダントを盗むにはペンダントには触れなきゃいけないだろうが。そこを抑え込めばいい」


 と唐草警部は馬鹿にしたように鼻を鳴らす。


「なるほど」


 まったくの考えなしというわけじゃないらしい。

 上手くいけばそれで捕らえることは可能だと思う。


 問題はダイヤモンドローズだってそれくらい考えてるだろうし、警察に一度も捕まってないということなんだよなあ。


 文字通り一瞬しかチャンスがなく難易度が高いんだろうか?


「まだ時間はあります。落ち着いて待ちましょう」


 と唐草警部が話しかける。

 そのおかげで永沢家の人たちの緊張がちょっとやわらぐ。


 いいところあるなと少し感心する。

 

「どうする? わたしの部屋に行く?」


 冷静さを取り戻したのか、永沢はそう俺たちに訊いた。

 千歳は答えずに俺のほうをうかがう。


「いいんじゃないか」

 

 と俺は答える。


 俺一人でこの時間に女子の部屋に行くのは抵抗がすごいけど、千歳が一緒なら気も楽だ。


 同じような意見なのか、大人たちから反対意見は出なかった。

 永沢の部屋は相変わらず可愛らしく、どことなく甘い香りがする。


「今日もリビングから来るのかな」


 と永沢は不安をこぼす。

 さすがにこの状況で雑談ははじまらなかった。


「わかんないな。侵入経路を特定されることを想定しているなら、別ルートを考えるだろう」


 と俺は応える。


 結局、今日までダイヤモンドローズの手掛がかりを、警察は一切見つけられていないようだ。


「まあ今まで逃げ続けてる相手の情報がそんな急に手に入るはずがないよな」


 と俺が言うと、


「わたしなら罠を疑ってしまいますね」


 と千歳が意見を口にする。

 俺も彼女に同感だった。


「罠がないだけマシってことなのかな」


 と永沢は前向きなことを言う。


「大丈夫ですよ、エリスさん。光彦さんは異能使い相手に後れをとったことが、今までに一度もないのですから」


 千歳が優しく彼女を元気づける。


「えっ? 本当なの?」


 永沢は宝石のような目を丸くして、期待のこもった視線を俺に向けた。


「今のところはな」


 と俺はなるべく正確に期す。


 依頼人を勇気づけるのもたしかに仕事のうちなんだけど、期待を持たせすぎるのもよくないと俺は思う。


「100%ならもうちょっと自信を持ってもいいんじゃない?」


 と永沢が言った。


「謙虚で慎重で油断しないのが、光彦さんの素敵なところなのですけどね」


 千歳が優しく擁護してくれる。


「たしかにそれは美点ね」


 永沢はちょっと驚いたように彼女を見ながら肯定した。

 そして視線を俺に戻す。


「千歳はこういうところあるよ」


 俺に甘いところとか。


「なるほど」


 永沢は何かを悟ったような表情になった気がする。

 

「コーヒーでも飲まない?」


 不意に彼女は言った。


「いいね。眠気が来たりしたら困る」


「わたしもいただきます」


 俺も千歳も賛成する。


「じゃあちょっと待っててね」


 永沢は立ち上がって下に降りていく。

 千歳と二人になったところで沈黙がやってくる。


 彼女相手に今さら話題を探す必要を感じないし、彼女だって同じ気持ちだろう。

 

「成功報酬については設定してますか?」


 と不意に千歳が訊いてくる。

 なるほど、これは二人きりの時にしたい話題だ。


「いや、決めてないよ。感謝の気持ちをもらえばいいじゃないか」


 と俺は言う。


 相手が大金持ちならともかく、永沢家はそこまで資産があるわけじゃなさそうだ。


「そこも素敵なところなのですけど」


 千歳がなぜか困った顔をする。

 祖父だって良心的な料金設定をしているはずだけど。

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