第10話「光彦は起きれない」
三日後。
「光彦さん、おはようございます。朝ですよ」
と千歳に優しく起こされることで、俺の一日ははじまる。
目覚ましやスマホのアラームじゃ起きられないのに、彼女に起こしてもらうとすぐ目が覚めるのは我ながら謎だ。
「ああ、おはよう」
千歳は制服のブラウスに紺色のプリーツスカート、そして緑色のエプロンをつけている。
相変わらず隙がないと感心してしまう。
彼女が部屋から出て行ったあと、彼女が用意してくれた制服に着替える。
そしてすぐ隣の事務所エリアに顔を出す。
「ふふふ」
すでにご飯の準備を終えていた千歳は笑いながら寄ってきて、俺の髪と襟を整える。
こういう時の彼女はお姉さんみたいだし、いつも世話を焼かれているのでされるがままになっていた。
「今朝、 エリスさんから連絡があったのですけどご存じですか?」
と千歳に訊かれたので首を横に振る。
いつの間に永山を名前で呼ぶようになったのかも俺は知らない。
「では失礼して」
テーブルの上には相変わらず美味そうな料理が並んでいるけど、依頼のほうが優先度は高いという判断だろう。
「明日の夜11時、例のペンダントをいただきに参上します。警察を呼んでも無駄でです。怪盗ダイヤモンドローズ」
千歳がスマホ画面を見せてくる。
「明日の夜、もう一度うちに来てくれる?」
どことなく不安をにじませた永沢の文面が続いていた。
「もちろん行くと返信しておいてくれ」
と千歳に指示を出す。
「かしこまりました」
彼女はスマホを引っ込めてすばやくメッセージを送る。
「先にご飯食べよう」
おそらく千歳は話をしたいのだろうけど、俺は食欲のほうが勝っていた。
「はい」
笑いながら彼女は同意する。
可愛いなという文字が表情に書いてあった。
千歳の好みもあって朝は和食である。
ご飯、みそ汁、焼き魚、卵焼き、煮物に焼きのり。
どれも美味いので俺は朝から舌と胃袋が幸福だ。
「今日も最高に美味い。千歳は一家に一人欲しいなぁ」
「褒めても何も出ませんよ?」
食後にお茶を飲みながら感想をこぼすと、千歳は微笑む。
毎日聞かせてるせいもあるだろうけど、可能なかぎり毎日褒めろというのは亡き父の教えだった。
「それにしても犯行予告は明日ですか。……何か理由があるのでしょうか?」
千歳がエプロンを脱ぎながら首をかしげる。
異能は条件を整えないと発動できないタイプは珍しくない。
「素直に考えると一度使ったあと、再び使うするまでに数日硬直時間があるってことかな。情報が少ないから断言はできないが」
と俺は肩をすくめる。
「かなり強くて便利な異能ですからね。発動にはクールタイムが必要な可能性はあります」
ブレザーを着ながら千歳は微笑んで肯定してくれるが、俺の推測があってる保証はない。
「異能のランクは直接対峙しないとわかんないからなぁ……クールタイムが必要ない超強いやつかも」
と俺はおどけて言う。
「エクシード級が今回の泥棒のような規模の小さいことをやらないと思いますが……本人の気質も大きいですしね」
エクシード級とは異能のランクで最上位。
悪用されたら国家レベルで影響が出かねないほどやばいという評価まであるらしい。
こんなことを言い出すあたり、千歳は本気にしたのかな?
「エクシード級とそうそう遭遇したらたまらないぞ」
と俺は笑う。
たしかに絶対ないとは言えないんだけど。
「ふふふ、それもそうですね」
千歳は楽しそうに笑う。
あ、これ、俺をからかう時の表情だ。
食洗器の予約運転をセットして、千歳は「お待たせしました」と声をかける。
「全部やってもらってるんだから、待つくらい平気だよ」
と俺は言った。
階段は二人なら通れるけど俺が先に降りるのは何となく決まっている。
一階のコンビニ前まで来た時、自転車に乗った永沢とばったり出くわす。
「あれ?」
彼女は目を丸くしながら自転車からおりる。
「二人って一緒に登校してるの?」
「そうだよ」
隠してる覚えはないので即答で認めた。
「今まで接点がなかったのですから、エリスさんが知らないのは無理ないです」
と千歳が言う。
永沢は俺と彼女の顔を見比べて、首をかしげる。
「そう言えば千歳さんの家ってどこなの? この近くなんだよね?」
ここで千歳の自宅に疑問を持った理由は何だろう?
女の勘は怖いって祖父が言ってたけど、それかな?
「ここのビルの四階ですよ」
と千歳が微笑みながら答える。
「えっ?」
永沢はぎょっとして彼女を見つめた。
次にギギギという擬音語が聞こえてきそうな仕草で、俺に視線を移す。
「幡ヶ谷くんの家は?」
「今は事務所で寝泊まりしている」
千歳がかまわないなら隠さなくていいだろうと正直に話す。
「本来は四階が光彦さんの自宅なのですけど、わたしに譲って下さったんです」
「四階のほうが設備が整っていて快適だし、俺はどこでも熟睡できるからな」
申し訳なさそうな千歳に気にするなと目で訴える。
あと、四階のほうが戸締まり的にも安心だ。
三階だと鍵穴一つドア一枚を突破すればいいだけで、これは女子が暮らす場所としてはまずいと思う。
千歳ならたいていの男は束になったところでまとめて返り討ちにしてしまうとしても。
「そ、そうなんだ」
永沢は何か訊きたそうな顔を一瞬したあと、言葉を飲み込む。
そして千歳と二人雑談しながら歩いていく。
……予告状の話をしに来たわけじゃなかったのか。
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