第9話「怪盗の異能がやばい」

「ぜひペンダントを守ってくれないか」


 と守さんが言い出す。

 どうやら心証はかなりよくなったようだ。


「ベストを尽くします。犯行日時が書かれた予告状が来たら、ぜひお知らせください」

 

 と改めて頼む。

 リアルタイムで参加できないとさすがに依頼は果たせない。


「わかった。警察は何とか説得しよう。着手金についてなんだけど、現金はまだあったかな?」


 と守さんはエリザさんに訊く。


「ちょっと待ってて」


 エリザさんがそう言って姿を消す。


「異能ってすごいんだね」


 と守さんが言い、永沢がうなずく。


「異能使いの犯罪をあばくための異能みたいなものですから」


 と俺は謙遜する。

 他に使い道なんてないだろうなぁ。


「警察と協力すれば問題なくいけるはずです。警察が協力してくれるなら、ですけど」


 と千歳がやわらかい口調で言う。


「私のほうから頼んでみるよ。警察だって無下にはしないだろう」


 彼女の意図を察した守さんが答える。

 それはどうかなと思うけど、言葉にはしなかった。


 純粋に信じてる人に悪評を吹き込む行為になりかねない。


「三十万ならあったわ」


 とエリザさんは茶封筒を右手に掲げて戻ってくる。


「はい、たしかに」


 受け取って確認した千歳は俺に小さくうなずいてみせた。


「ありがとうございます」


 俺は一家に礼を言う。

 今日現金でもらえるとは正直思ってなかったので、かなりありがたい。


「こちらこそ力になってくれてありがとう。何かあったら娘から連絡すると思うので、よろしく頼むよ」


 と守さんが言う。


「ではわたしと連絡先の交換をしましょう」


 千歳の提案に永沢が応じて、二人はスマホを取り出す。


 両親が反対して依頼が流れる可能性があると千歳は判断して、今までしてなかったんだろうな。


 千歳が知ってれば充分なので俺は訊かずに家を去る。

 

「さて、千歳はどう思う?」


 と俺は彼女の意見を訊く。


「高価な宝石ではないですが、歴史を感じさせる作りでしたね。ダイヤモンドローズは標的に金銭的価値を求めているわけではないのかもしれません」


 千歳はおだやかに言った。


「金銭的価値を求めてるなら、もっと金持ちを狙うだろうなぁ」


 俺は答える。


 金持ちならもっと情報管理も防御システムもしっかりしてるだろうけど、ダイヤモンドローズの異能はそんなの関係ない。


 知っていても普通の家庭じゃ対策の立てようがないくらい強力だ。


「ダイヤモンドローズの異能、簡単に言えば『盗難対策を無力化する能力』と言っていいよな」


「まさに」


 千歳が力強く同意する。


「先ほどは言わなかったのですけど、おそらく匂いを消す能力もあると思います。警察犬を使った追跡ができないなら」


 という彼女の意見になるほどと思う。


「標的に人間が気づかないレベルの匂いをつけて、犬に追わせればいいもんな」


 警察なら充分実行できる作戦だ。

 それもできないとなると警察が今まで捕まえられてないのも当然か。


「異能を封じる異能とか、どんな相手も絶対感知できる異能とか、そういう使い手がいないとお手上げじゃないか?」


 と俺はため息をつく。


「そこで光彦さんの出番ですね」


 千歳がうれしそうに言う。

 

「上手くいくことを祈っててくれ」


「はい」


 自信なさげに応えても彼女の笑みは変わらない。


 たいていの男はこんな綺麗な女の子に信頼を向けられてる以上応えようとか、カッコつけようと思うところなんだろう。


 俺と千歳のつき合いは十年くらいになるし、ダメなところやカッコ悪いところはさんざん見られてしまっている。


 今さらカッコつけても意味がないとあきらめたくなるレベルで。

 

「あら?」


 と千歳が不意に不思議そうな声を出して視線を前にやる。

 スーツをきっちり着こなしてる50代くらいの男性には俺も見覚えがあった。


「八王子先生?」


「おう、光彦に千歳さん、外出していたのか」


 その男性は若々しい明朗な笑みで話しかけてくる。


 八王子鷹比古は弁護士であり、祖父の友人であり、俺の後ろ盾の一人とも言える人だ。


 祖父が不在にしてもうるさく言われないのはこの人のおかげである。


「依頼が一件入りまして。おかげで今月は乗り切れそうです」


 と俺が話す。

 八王子先生は当然事務所の帳簿も知っている。


 いざとなったら仕事を紹介してやると言われていたので、おそらく俺に泣きが入ってないか見に来たんじゃないだろうか。


「まあ千歳がとってくれたようなものですけど」


 と俺は正直に打ち明ける。

 俺と千歳のスキルの違いも把握されてるので、隠せるはずもない。


「仕事に結びついたのは光彦さんが信頼を勝ち取ったからですよ。わたしにはどうにもならないことです」


 と千歳は答えたけど、これは俺を立てるためだ。


「まあ千歳さんを雇ってるのは宝の持ちぐされ、なんてことにならないようにな」


 八王子先生はそう言うが、この人なりのエールである。

 現に言葉も俺を見る目もとてもあたたかい。


「よければお茶でも一緒しますか?」


 祖父がいない間親代わりになってくれる人なのだから、俺だって気遣いくらいはする。


「いや、やめておこう。顔を見に来ただけだから。また来るよ」


 と言って八王子先生は去っていく。


「やっぱりやばかったら仕事をくれるつもりだったんだろうな」


 俺がつぶやくと、


「いざとなったらわたしが光彦さんを養いますよ?」


 なぜか千歳はちょっと不満そうな顔で言ってくる。

 ありがたい提案なんだけど、この子に甘えたら最後人として再起不能になってしまいそうで怖い。

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