第8話「永沢家は異能を知る」

「光彦さん?」


 と千歳が俺の意思を訊いてくる。


「見せたほうがいいだろう」


 俺の異能に発動条件があるのは事実だが、一度しか使えないわけでもない。

 見せても納得してもらえなかったら、その時はその時だ。


「そのためには最初の予告状も見せてもらいたいのですけど」


 と俺はお願いする。


「わたしが持ってくる」


 永沢はそう言ってリビングを出て、すぐに戻ってきて俺に手渡す。

 すでに見たやつと内容に変わりはない。


「使われてる紙質、パソコン、インクなども同じだと思います」


 と横からのぞき込んだ千歳が補足する。

 彼女が言うならおそらくそうだろう。


 まあダイヤモンドローズにしてみれば、いちいち変える必要を感じなかったんだろうし。


 条件は整ったので俺の異能を使ってみよう。


「天に輝く十の星の輪、地に座す七つの王冠。結びて起これ。悪魔の劇場(グランギニョル)」


 唱えた呪文は自己暗示のようなもの。

 これを声に出すことで体内の回路が切り替わり、異能が発動するのだ。


 悪魔の劇場(グランギニョル)はまず一定の範囲内で使われた異能の痕跡を感知し、情報採掘(サイコメトリー)で読み取る。


 そしてそれを模倣(コピー)してストックし、再現するのだ。


「光彦さんの異能は過去にこの家で使われた異能を掘り起こし、コピーして再現するというもの。ダイヤモンドローズがどんな異能でどのように侵入したのか、これで判明します」


 と情報採掘(サイコメトリー)中の俺にかわって、千歳が息を飲んでこっちを見てる永沢家に説明する。


「ただし対象は異能にかぎられるため、ダイヤモンドローズが異能を使ってなかった場合は空振りに終わると思います」


 千歳は大事な点もちゃんと話す。


 俺の異能はあくまでも対異能に特化しているので、情報採掘者(サイコメトラー)とは違って異能が関わらない情報は拾えない。


 だから使うのはなるべく慎重にやりたかった。

 

「これは……?」


 うっすらと闇のような布が家を包みこんだのを見て、守さんが目をみはる。

 エリザさんとその娘が彼にくっつくように移動し、左右からそっと腕をとった。


「彼の異能が発動したのですよ」


 と千歳が心配いらないと微笑む。

 初めて異能を見たなら驚くだろうし、不安になるだろう。


「これが異能……」


 とつぶやいたのは永沢だった。

 少し時間が経ってリビングの窓から人影が一つ、中に侵入してくる。


「あれがダイヤモンドローズでしょうね」


 と千歳が指摘した。


「あ、ありえない。カメラも赤外線センサーも、サーモグラフィだって」


 守さんは口をパクパクとさせる。

 まあ異能になじみがない人には信じられないだろうな。


 思わぬことを口走ってしまうのも無理ない。

 人影はテーブルの上に予告状を置いて、またリビングの窓から出て行く。


「リビングから普通に出入りしていたのですね。光彦さん、異能はどのようなものなのかわかりますか?」

 

 と千歳に訊かれる。


「服のようにまとう複合タイプだな。カメラに映らない、障害物をすり抜ける、センサーなどに感知されない、持っていた予告状もすり抜けてることから、まとえば衣服や所持品を全部すり抜けさせる能力だと見ていいだろう」


 俺は答えながら舌打ちしたくなった。

 

「読みとった情報の断片的に、どうやらダイヤモンドローズは他にもまだ能力を隠し持っているらしい」


 千歳が俺の表情から察したみたいだったので、質問される前に話す。


「それは厄介ですね」


 千歳から微笑が消える。


「どんな能力を隠してるか、わからないの?」


 と永沢に訊かれたので首を横に振った。


「さすがに使ったことがない能力は読みとれないんだ。本人と接触すればできるんだけど」


 それが俺の能力の限界である。


 情報採掘者(サイコメトラー)は生き物からは情報を読めないらしいから、一長一短なんだろうけど。


 能力を解除したことで、家を包んでいた黒い布が消失する。


「二階ともリビングへ侵入してるので、リビングを警戒していればいいかもしれませんね。警察の存在に気づかれてなければですけど」


 と俺は言う。


「ダイヤモンドローズは警察の動きを警戒してるでしょうから、難しいでしょうね」


 千歳が自説を口にする。


「それはどうして?」


 疑問を口にしたのは守さんだったけど、他二人も不思議そうだった。


「悪魔の劇場(グランギニョル)で確認したところ、少なくともつかんだ瞬間はすり抜けができないはずです。そこを警察に抑えられてしまうと苦しくなるでしょう」


 と千歳が話す。


「予告状の扱いから推測するに、チャンスは数秒だけだろうな」

 

 再現されたダイヤモンドローズが予告状を取り出した瞬間、紙が見えるようになっていた。


 おそらく異能で作った服の内部に入れておかないと、能力の効果が及ばないんだろう。


「警察なら数秒あれば何とかできるか」


 俺がダイヤモンドローズの立場なら警戒するし。


「すごいね。娘の判断は正解だったわけだ」


 と守さんが腕を組みながら感心した。


「残念ながらまだ捕まえたわけじゃないので」


 俺は苦笑する。

 ダイヤモンドローズの異能と侵入経路は判明したけど、油断はできない。


「日本警察は同じ手に何度もやられるほど無能ではないですからね。おそらく直接的な攻防でも手強いと思います」


 と千歳が指摘する。

 

「直接的な攻防に使える能力もあると思っておいたほうがいいな」


 俺が言うと彼女はこくりとうなずく。

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