第7話「永沢家は見たい」

「やあ。あいさつもできなくて悪かったね」


 戻ってきた永沢父がまず俺たちに詫びる。

 俺と千歳は立ち上がり、両親にあいさつをおこなう。


「いえいえ、急に押しかけた素人の高校生にすぎませんから。初めまして、幡ヶ谷光彦(はたがやみつひこ)と申します」


「初めまして。助手の烏山千歳と申します」


 あいにくと名刺は持っていないけど、二人は気にしなかったようだ。


「これはご丁寧に。私は永沢守。こっちは妻のエリザという」


「娘と仲良くしてくれてありがとう」


 エリザさんは天女のような微笑みで話す。

 高校生の娘がいるとは思えないほど若々しく、姉妹でも通じそうだ。


 そして永沢はこの人の魅力を100%受け継いんだなとよくわかる。


「きっと娘が無茶を言ったんだろう。本当に申し訳ない」


 と守さんが改めて謝った。


「いえ、無茶は何も言われてないですね」


 俺は即答する。

 依頼人としては説明が上手くないほうだったけど、そんなのご愛敬だ。


「えっ、でも、報酬の話はたしかしてないよね?」


 永沢が困惑した表情で俺に言い、千歳がこくりとうなずく。


「着手金と実費はいただくことになってますけど、ご両親としたほうがよいと判断して申しませんでした」


 その辺は千歳の考えが正しいだろう。

 

「いくら俺が祖父の留守番をしているバイト探偵だからって、勝手に報酬を値切るわけにはいかないからな」


 と永沢に説明する。

 業界の相場、適正価格を守るのは仁義のひとつだ。


「当然だね。具体的な費用について確認したいんだが」


 と守さんが応じる。


「交通費は徒歩だったので無料。着手金と調査費用で30万円になります」


「さ、さんじゅう!?」


 千歳の説明に永沢が目を見開く。

 ペンダントを守りたい一心で動いてて、費用について想像してなかったな。


「だから警察に行けって言ったんだよ。警察なら無料で対応してくれるだろ」


 と俺は息を吐く。


 警察は税金で運用されてる国家機関だけど、こっちは収入がないと生きていけない個人事業主だ。


「あれってそういう意味もあったのね」


 永沢はうかつだったという顔をする。


「三十万円なら高くはないね。残りは?」


 聞いていた守さんはおだやかに訊く。

 度量が広い人だなと俺は感心する。


「成功報酬ですね。狙われているペンダントを無事に守り切ると500万円、怪盗ダイヤモンドローズを捕まえた場合でもいただきます」


 と千歳がにこやかに説明した。


「……考えたくはないけど、怪盗を捕まえたのにペンダントが無事でなかった場合は?」


 とエリザさんがここで問いかけてくる。


「その場合、報酬は受け取れません」


 俺が千歳にかわって答えた。


 ペンダントを守ってくれというのが永沢の依頼なんだから、無事じゃなくなった時点で失敗扱いだ。

 

「もっともダイヤモンドローズ相手なら、警察から謝礼がもらえるかもしれませんが」


 とジョークを飛ばしてみると、永沢の両親は笑ってくれた。


「怪盗ダイヤモンドローズ、逮捕につながる有力な情報の賞金は200万円。もし自分で捕まえれば800万円ですね」

 

 千歳が空気に合わせるように情報を流す。


「大金だけど、警察が手こずってる犯罪者にしては金額が安いよなあ」


 俺は正直に感じたことを言う。


「日本国内で高額な賞金を懸けられる犯罪者はだいたい、何人も殺傷してる凶悪犯にかぎられますから」


 千歳が仕方ないですよと微笑みながら答える。


「高額な賞金首が少ないってことは、それだけ警察が機能してて治安がいいってことだもんな」


 俺が言うと彼女はうなずく。

 犯罪者が捕まらず野放しになってるよりはるかにいい。


「気のせいかもしれないけど、もしかしてあなたたちは捕まえるつもりなの? その、怪盗ダイヤモンドローズを?」


 俺たちのやりとりから何かを感じ取ったのか、永沢がおそるおそる訊いてくる。


「できればね。800万円の臨時収入は大きい。しばらく家賃や光熱費の支払いに悩まなくて済む」


 と俺はいつもの口調で答えた。

 声に出して言えないが、こういう時民間人はいいなと思ったりする。


 警察だと犯罪者を捕まえても800万円の賞金は支払われないので。


「わたしのお給料もお願いしますね?」


 千歳が柔らかく言う。

 

「もちろんだ」


 着手金をもらえたら、彼女の給料を払える。


「何だか大変そうね」


 と永沢に同情されてしまった。


「君たちは実際どういう立ち位置なのかな?」


 守さんに抽象的なことを訊かれる。


「簡単に言うと異能を使って異能使いの犯罪者と戦う民間人です」


 俺はストレートに答えた。

 これで納得してもらえないなら仕方ないと思う。


「異能使いか……たしかに不思議な出来事だ。戸締まりはしているし、センサーや警報機はセットしたのに鳴りもしない。カメラには何も映っていない。なのに侵入されているんだから」


 と守さんは言う。


 実際に不思議な出来事を体験した永沢家は、異能使いは実在するかもと思っているようだ。


「とは言え、実例を見ずに信じろというのは難しいと思わないか? 君たちはどうか知らないが、異能使いをよそおった詐欺師がいるかもしれないだろう」


 と守さんは主張する。

 そういう詐欺師は実在してるし迷惑しているのでうなずくしかない。

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