第6話「千歳からの信頼が重い」

「ちょうどいいじゃない。ここに持ってきてよ。わたしだってまだ見たことがないんだから」


 と永沢が頼む。


「おや? お嬢さんも見たことがないんですか?」


 彼女の発言に唐草警部が驚きを見せる。

 俺だって同じ気持ちだったなあ。


「ええ。娘が成人するまではと。わたしも成人した時初めて母に見せてもらい、結婚する際に譲られたんです」


 と永沢ママが話す。

 家の伝統ってやつかな。

 

 他人が口出しすることじゃなさそうだ。


「そのようなもの、ダイヤモンドローズがどうやって知ったのか疑問ですね」


 唐草警部が疑問を口にする。


「難しくはないでしょう。母もわたしも普通に雑談として知り合いに話したことがあるので、知り合いか知り合いに近しい人なら知ってても不思議じゃありません」


 永沢母がとても単純な種明かしをした。

 

「なるほど、ではそこからダイヤモンドローズの正体を絞ることは難しそうですな」


 唐草警部はがっかりする。

 俺も内心彼とまったく同じ気持ちなのだ。

 

 容疑者を絞り込めるならそのほうが絶対にいい。

 誰も何も言ってないのにちょっとバツが悪かった。


「何年も捕まってないだけに、そんな簡単に正体にはたどり着けないでしょうね」


 と永沢が言う。

 唐草警部は一瞬だけムッとしたものの、すぐに飲み込む。


 相手は相談者の娘、現役女子高生だったこともあるだろう。


「とにかく本物のダイヤモンドローズなら、いつ盗みに来るとはっきりと書いた最後の予告状が来るでしょう。それまでに相談していただけたのは幸いでした」


 と唐草警部はやや強引に話を戻す。


「警察の威信にかけてお守りしますので、ぜひ確認させていただきたく思います」


「わかりました」


 永沢母は警部の言葉に心を動かされたようで、うなずいてリビングを出て行く。

 会話が途切れて気まずい沈黙が舞い降りる。


 警察関係者たちは俺たちに対して、不審とまでは言わなくても「場違い」と言いたそうな視線を向けていた。


 俺は気にしてないし、千歳も俺の思考くらいは察して口をつぐんでいる。

 永沢もさすがに真っ向から警察に喧嘩を売る意思はないようで何よりだった。


「これです」


 戻ってきた永沢母が提示したのは見事な青い宝石に金色のチェーンがかけられたものだ。


 俺には物の良しあしがわからないけど、大切にされている雰囲気は伝わってくる。

 何より亡くなった家族との思い出の品だ。


「拝見します」


 警部は手袋をはめてペンダントを確認する。


「ここからでもいいの?」


 と永沢が訊いてきたのでうなずく。

 「実物を見る」というのは何も至近距離じゃなくてもよかった。


 俺が物を認識できればそれでかまわない。

 

「では何人か見張りをよこします。新しい予告状が届けばすぐにお知らせください」


 と唐草警部は言って帰っていく。


 犯行日時を知らせる「最後の予告」が来てないこともあり、まだ本腰を入れるつもりはないようだ。


 俺としては動きやすいから助かるけど。


「何かいやな感じな人だったわね」


 と永沢が両親に対して不満をぶつけた。


「まあまあ。高校生が犯罪者に挑むなんて、大人がいい顔をするはずがないよ」


 永沢父が必死に彼女をなだめる。


「パパ。一枚目の予告状も持ってきてくれない?」


 そんな父親に彼女が要求し、彼は素直に従う。

 どうやら娘に使われることが日常になってそうだった。


「千歳、どうだった?」


 と俺は気になっていることを小声で訊く。


「ニセモノにすり替えられた可能性はほぼゼロです。使えば確実だと思いますけど」


 というのが千歳が答える。


 俺が疑ったのは唐草警部こそが怪盗ダイヤモンドローズであり、さりげなくペンダントをすり替えたという可能性だ。


 そして使えばというのは、俺の異能のことだろう。


「犯行日時を予告してくるなら、その時でもかまわないだろう。予告を守るタイプの怪盗らしいから」


 俺は返事する。


 相手が約束を守らないタイプなら、空振りになる可能性があっても出し惜しみをしないほうがいい。


 だけどその心配はおそらくいらないだろう。


「予告をしてリスクを背負うことで、能力を底上げするタイプかな?」


 俺は該当しないけど、異能によってはリスクを負う代償に能力のスペックをあげるタイプが存在している。


「おそらくは。普通の泥棒ならまずとらないリスクです。もしかしたら強力な異能使いを呼ばれるかもしれないんですから」


 と千歳は同意した。


 そう、異能が存在していない世界ならどうなるかわかんないけど、この世界には異能使いが少数ながら存在している。


 だから狙われた被害者には人脈を使って、強力な異能使いに助けを求めるという選択肢があるのだ。


「あるいはそんな強力な異能使いにそうそう遭遇しないとタカをくくっているのか」


 と千歳は別の可能性を指摘する。

 たしかにそっちのパターンもあるか。


 異能使いは1万人に1人とか言われる程度の数しかいない。

 自分の異能に自信があるなら、そこまで高いリスクじゃないと思ってるのかも。


「どちらにしても光彦さんの敵じゃないですね」


 と千歳が小声でささやく。


「いや、俺より強い可能性だってあるからな?」


 その可能性を最初から捨てるのはどうかと思うんだ。


「まさか。そんなすごい使い手なら泥棒なんてやらず、もっとスケールの大きなことをやってるでしょう」


 千歳は心からの笑顔で否定する。

 彼女の無限の信頼は心強いが、同時にちょっと痛かった。

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