第4話「千歳は助けたい」

 永沢の案内で俺は家の中を順番に見て回る。

 トイレ、洗面、台所、風呂、応接間、それから両親の部屋と彼女の部屋。


 最後になった彼女の部屋はピンクを基調にした、女の子らしい可愛い部屋だった。


 小物とか置かれている他、本棚に小説も並んでいる。

 女の子の部屋に入ったのは千歳以外では初めてだ。


 彼女がいないと気まずいので、同行してくれるのはほんとありがたい。

 あまりじろじろ見るのは失礼なのですぐに退散する。


 何かあれば千歳が気づいて教えてくれるだろう。


「どうだった?」


 リビングに戻ってきた永沢は、率直に訊いてくる。

 

「まだピースが足りないな」


 と俺は答えた。

 別にもったいぶっているわけじゃない。


 単に俺の異能は発動に条件があるだけだ。


「今使ってみても永沢の期待には沿えないと思うよ」

 

「まだ時間はありますしね。永沢さんのご家族が帰るのを待ちましょう」


 千歳がフォローするように言う。


「そういうものなのね」


 永沢は不満があったとしても、俺には見せなかった。

 おかげで助かる。


「他に何か必要なものはある?」


 と彼女は俺の目を見て訊く。


「あとはもう一枚の予告状、狙われてそうなものを見たいし、できれば永沢の両親に会いたいんだが」


 個人的に重要なのは前二つであり、三番目はできたらの話だった。


「俺の異能、できれば事前に説明したほうがいいタイプなんだよ」


 どういうものかまだ言えないけど。


「そうなのね。待っていればそのうち二人とも帰ってくると思うけど」


 と答えてから永沢は不意に笑う。


「ごめんなさい。探偵はもったいぶるって本当なのね」

  

 それはフィクションの探偵じゃ……?

 俺は単に使える異能が面倒なタイプってだけなんだよなぁ。


「案外二次元の探偵のモチーフとなった、実在の人はいたかもしれませんね」


 俺の心境を読んだかのように千歳が微笑む。

 

「それはどうなんだろうな」


 モデルとなった人間がいること自体は別に変じゃないけど、何だかそういう探偵って変人が多いじゃないか。


「なあ、千歳、俺って変人かな?」


 と小声でパートナーに訊いてみる。


「はい」

 

 何と千歳は迷わず即答した。

 びっくりして彼女の綺麗な顔を見つめると、


「少なくとも世間基準に照らし合わせた場合、そうなるはずですよ」


 彼女はいたずらに成功した幼女のような笑みを浮かべて告げる。


「たしかにバイトで探偵やってるって時点で、普通の基準じゃないか」


「別にいいんじゃないの? 変わった特技を持ってるくらい」


 と永沢が言う。

 千歳以外にも理解のある人がいるとは。


 ちょっと信じられず、千歳と並ぶ美貌を見てしまう。

 本人は何か不思議なことを言ったか? と不思議そうな顔だった。


「ただいまー」


 そこで玄関のドアが開き、女性と男性の重なった声がリビングまで届く。


「おかえりなさーい」


 永沢は目で俺たちに合図をしながら立ちあがる。

 両親を紹介してくれるのだろう。

 

「お邪魔しますよ」


 ところが低い男性の声と若い女性の声、複数の足音も同時に聞こえてくる。


「どうやら警察が動いたみたいですね」


 と千歳が推測を口にした。


 彼女の言葉は正しかったらしく、永沢の両親らしき二人以外に男女四人がやってくる。


 全員が知らない顔だった。


「面倒になるかもな」


 と俺はつぶやく。

 異能について警察は所属によって態度も考え方も違う。


 理解がある人なら協力関係を結べるけど……。


「何だ? この二人は?」


 と最年長の男性が俺たちを見て、低い声を出す。


 敵意とまではいかなくても、排除したいという意思を感じるのは気のせいじゃないだろう。


 俺たちのことを知った警察関係者のうち、九割近くが見せる態度だ。


「わたしが依頼した人たちです。異能について詳しいと聞いたので」


 と永沢がきっとして説明する。

 大人が放つ圧力にも屈しないという強さが伝わってきた。


「こんなガキどもじゃ何もできないよ。俺たちプロに任せな」


 年長の男性は意外と優しめに返事をする。

 相手は物を知らない子どもだと思ってるからだろうか。


「まあまあ。唐草警部」


 と永沢のお父さんらしき男性がなだめる。


「娘の友達がいてもかまわないでしょう」


「そうですね。せっかくのお友達なんですから」


 とお母さんらしき人も言う。


 彼女は綺麗な銀髪を伸ばした青い瞳の女性で、おそらく永沢はこの人の血を色濃く受け継いだんじゃないだろうか。


 友達扱いなのは不本意ではあるけど、追い出されるよりはましだ。

 どうやら彼女は両親からの信頼があるタイプみたいだな。


「邪魔はいたしませんので、エリスさんに付き添っていてもいいでしょうか?」


 と千歳が天女のような微笑みを向ける。

 男の95%と女の80%を一撃で味方にしてしまう社交スマイルだ。


 俺たちに対して懐疑的だった警察関係者はもちろん、永沢の両親までもが彼女に見とれている。


「ま、まあな。お嬢さんだって不安だろうしな。友達がいたほうが落ち着くと言うなら、いてももらってもかまわないだろう」


 唐草警部と呼ばれた男性は年の効か、警察関係者の中で最初に立ち直ってそう言った。


「千歳は連れて来るにかぎるな」


 と小声でつぶやく。


 よほど頑固で偏屈な相手をのぞけば、だいたい千歳がこんな風に言いくるめてくれるからだ。


「お役に立てて何よりです」


 千歳は俺にしか聞こえない声量で応える。

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