第3話「永沢さんは守りたい」

 永沢の家は徒歩で十五分ほど離れたところにあるらしい。


「けっこう近いんだな」


 意外な展開だと思う。


「永沢さんもわたしたちも徒歩通学ですからね」

 

 と千歳が答える。

 永沢の個人情報知らないんだよなあ。


「永沢も徒歩通学なのか」


「ええ。電車やバスはいやだったから、徒歩で通えるところで一番レベル高い学校を選んだのよ」


 と彼女は答えて、斜め前の赤い屋根の三階建ての家を指さす。


「あそこがうちよ」


 永沢という表札がかかったその家は、ビニールプールを置く余裕はありそうな広さの庭がついている。

 

「千歳」


「はい」


 千歳はさっそく機器を取り出して家のことを調べはじめた。


「何をしているの?」


 永沢は俺のそばに寄ってきて、小声で話しかける。

 千歳以外の女の子に近づかれるのに慣れてないので、ドキドキしながら答えた。


「家に仕掛けられたカメラやセンサーを割り出してるんだよ」


「へえ。わたしが教えなきゃダメかと思った」


 永沢は素直に感心している。


「本当なら家の人間の許可が必要なんだけど、かまわないよな?」


「ふふっ、いいよ。今は誰もいないはずだし」


 調査をはじめてから確認したことがおかしかったのか、彼女は吹き出しながら許可を出す。


「出ました。うーん、これはたしかに妙ですね」


 と千歳はタブレットを俺に見せてきた。


「カメラ、赤外線センサー、サーモグラフィの配置は巧みで死角がなく、探知されずに出入りするのは不可能でしょう」


 千歳でも無理そうか。

 

「機器をごまかす機器を所持している可能性はゼロではありませんけど」


 と千歳が言うと、


「そんなすごいアイテム持ってるなら、もっとお金持ちの家を狙うんじゃない? 我が家はせいぜい中流よ」


 と永沢が口をはさむがこれは謙遜だろう。


 このあたりに庭つきの三階建ての家を建てられるあたり、富裕層の範疇に入ってくると思う。


 もっと金がありそうな家は他にある点は否定できないが。

 

「家の中に入ってもかまわないか?」


 とお願いをする。

 ここで考えても埒が明かないだろう。


「もちろんどうぞ」


 永沢が門と家のドアを開けて俺たちを招き入れてくれる。

 

「特に変なところはないですね。光彦さんはどう思いますか?」


 と千歳が右隣に来て小声で訊く。

 

「何もなさそうだけど」


 俺は小さく首を横にふって成果なしと示す。

 異能がはっきりと使われた痕跡を残すのは三流だ。

 

 そんな奴らばかりだったら楽ができるんだが。

 通されたのはリビングで永沢がお茶をいれてくれる。


「さっきとは逆になったな」


 と言ったが彼女は真剣な面持ちのままだった。

 ……緊張をほぐそうとして失敗したと反省する。


「この紙はどこにあったんだ?」


 と俺が訊くと、永沢はテーブルの中央を指さす。


「この辺に折りたたんだ状態で置かれていたって、母が言っていたわ」


「そうか」


 改めて家の中を見回してみる。

 どうやって防御網をかいくぐって紙を置けたのか、さっぱりわからない。


「他に質問はある?」


 と永沢が訊いてくる。


「……わたしたちを家の人がいない時間帯を選んで招き入れた理由を訊いてもいいですか?」

 

 千歳がずばりと切り込むように問いかけた。

 いつも通り優しい微笑とおだやかな言葉づかいだが、こういう時の千歳は怖い。


「普通の家庭と思えない警戒網なのですから、予告状を信じているのは永沢さんだけということはないのでしょう?」


 言い逃れは許さないという意思表示を、こんなに優しくできるのが彼女の強みだと言えるだろう。


 俺はつき合さでこの怖さを知っているけど、永沢はそうじゃなくても直感したようだ。


「お父さんとお母さんは警察に行ってるの。二回目の予告状を持ってね。ダイヤモンドローズなら警察が行ったほうがいいって」


 永沢はうつむいて、悔しさを堪えているような表情で言う。


「でも警察なんて頼りにならない! 一度もダイヤモンドローズを捕まえられない人たちなんて、何人いたって役に立たない!」


 はっきりと言い切る。

 たしかに俺たちしかいないところでしか言えないことだ。


「言いたいことはわかった」


 何で俺のことを信じて頼る気になったのか、そこが疑問だけど。

 

「ところでダイヤモンドローズが盗みに来るものに心当たりはあるのか? あるからこその警戒なんだろう?」


 と俺は訊いてみる。

 心当たりがなかったらいたずらで片づけているだろう。


 こんな防御システムを導入したり、警察に相談しに行ったりするはずもない。


「お母さんが言うには亡くなったお祖母ちゃんの形見だって」


 永沢は悲しそうに表情をゆがませる。


「大切なものだから守りたいって……だから、だから」


 高ぶる感情を抑えきれなくなったのか、彼女はつっかえながら話す。


 亡くなった祖母の思い出であり、大切な絆の象徴でもある品だからこそ、彼女は自分でも何とかしようと動いたのか。


「そうか。わかった」


 と言ってから俺はちらりと隣に座る千歳を見る。


「少なくとも彼女は何もウソは言ってないと思います」


 俺にしか聞こえない声量で千歳はささやく。

 そして「どうする?」と目で訊いてくる。


「とりあえず他の部屋も見せてもらえないかな。もう一枚の予告状とやらは、戻ってきたら見せてもらうとして」


 永沢の両親が俺たちのことをどう思うのか、警察になんて言えばいいのか、課題はいろいろとあるけど、調査は進めよう。

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