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「フフッ、三輪車に色んな物が絡まって眠っていた、疲れているんだよ。食指が動かない話を始めてしまって申し訳なかった。薬草が居ない時にするべきだったかな」

「……聞きたかったです」


「明日も明後日もあるし、タイチには薬草の部屋の隣をあげた。いつでも話せるよ。魔法使い達も薬草が眠っているならと早々に引き上げた。皆また明日来るそうだよ」

「……むう」


 白いタオルにくるまれてる。

 いつものタオル、いつの間にかオレ専用みたいになってるこのタオルは石鹸のいい匂い。いつもの、いつもの……。


「おやすみ薬草」

「……魔王様?」


「はい、おやすみ」

「明日みんなと会えるなら、今は魔王様とお話したいです」


「まったくもう、フフッ、聞き分けの無い可愛い薬草だ」

「うふふ」


 もう宝物ぐらい大事に思ってる三輪車はテーブルの横、魔王様の椅子の隣に置いてある。オレはあそこで力尽きたのかな。いま根っこをほどいてくれてた感触が残ってる。

 何のお話がしたいのか自分でも分からないし、謝るのもしつこいだろうし、テーブルの上に黒く透けた物が増えてるのも気になる。

 きっと異世界の物だ。魔王様の幻術で作ったんだ、何なんだろう? お話、全然まとまらないや。


 フンワリと魔王様の金ピカの巨大な椅子の上へ。キレイな天蓋も白いお布団もいつもの、枕元の羊さんのヌイグルミは思い出でコテコテに飾られたままチョコンと立ってる。


「あのね、魔王様……魔王様は……」

「別に無理に話さなくても良いんだよ。薬草は忙し過ぎる。少し俺達が追い付くまで待っていてくれないか?」


「……んん」

「だから、そうだな……薬草が居なかった時の話をしてあげようか。それで今日は勘弁してくれ」


 灯りを落として、お布団をかけてくれて、胸に寄せてくれるから、オレはその背中に白い根っこを回して聞くんだ、魔王様のお話。


 ……みんなは本当に一目見て薬草がレイナさんだと気付いたらしい。気付いたけどオレの意図が全く分からなかったと、何故レイナに伝言するなり何か知らせようとしなかったのかとニコニコしてる。たぶん怒ってる。

 意図なんか無かったのに。

 またみんながオレに合わせて、オレが後から責められたりしないように色々とやってくれたんだって気付いて、胸がギュッてした。目が覚めた。


 僧侶とマーリンさんが死刑を執行させると決めた時に反対したのは、魔王様と魔法使いだったらしい。魔法使いが一番取り乱していたよと笑う魔王様が、むっちゃくちゃプニプニしてくる。多分これも怒ってる。

 そして、その死刑ついでに色々と世の中に物申してやろうと言われた魔王様は、オレにかける前に死の術が本当に危なくないのか一度受けてくれてた。

 あんな怖いの、魔王様が……どんどん胸が痛くなってきた。


 ……だけど、ゆっくりお話ししてくれて、ゆっくり叱られて、大事に草のフサフサを撫でてくれて、まとまってきた。


「魔王様、あのね」

「なんだい薬草?」


「雨の中の魔王様はキレイでした」

「……ん?」


「裸のサキュバスさんと倒れてたのもキレイでした」

「ん?!」


「お祭りの通りでローゼさんとすれ違った時も、魔法使いと真剣にお話ししてた時も、ゼロとお絵描きしてた時も……レイナさんと雨の中にいた時もキレイだったんです」

「……」


「ヤキモチじゃなく、魔王様がオレの為に死ぬのを試してみるなんて似合わないんです。もっとキレイな人の為に、オレ草だし、もっと、なんか沢山いるんですよ?」

「……ほう?」


「だから、みんなと結婚してって言ったのは本気です。オレはヒトガタになれるけどキレイじゃないし、やっと大きくなったけど、やっぱりキレイじゃないし、魔王様の横に並んで似合う人はちゃんといます」

「そうか」


「オレが魔力を制御できなくて魔王様を魔王にしちゃったし、それもきっと余計な事でした。偉い人が責めようと思えば良い材料にされちゃう、足を引っ張ってる事だと思います。魔王様を辞めて王子様になろうとしてくれた時も、オレじゃなければ今はもう王子様になってるはずで、そうなってれば文句を言う人もいなくて、そもそも全部オレじゃなければ全部うまく行ってたと思うんです」


 ……オレの周りで小さな爆発が起きてる。チカチカ光るぐらい魔王様が怒ってる。でも多分ずっと気になってたけど分からなかった事って、これなんだ。

 こんなにキレイで優しい人の隣にいるのがオレで申し訳なく思う。

 魔王様と並んで似合う人はこの世界に沢山いる、自分の方が相応ふさわしいと悔しがっている人がいる。それを知ってたのに、見ないように蓋をしてた嫌な自分がいる事に気付いちゃったんだ。オレはただの薬草なんだ。


「だから、ちゃんと似合う人をお姫様にした方が良いと思うんです。レイナさんみたいにキレイな人とか、偉い人の家の女の子をお姫様にすれば、誰も何も言わなくなると思うんです。王様と魔王様と僧侶がやりたい事、誰にも邪魔されないと思うんです! オレじゃない、本物の婚約者がいるんだから、人間のレイナさんの方がずっといい! 服も髪もボロボロだったレイナさんでもあんなに、ドレスとか着たら魔王様と絶対似合うんです! なんかちょうど良く見えるんです! 二人でいるのカッコよかったんです! 普通のお洋服で並んでたのに絵本の王子様とお姫様みたいだったんだもん! オレじゃない!」

「妖精になってくれ」


「……はい?」

「なってくれ」


 ポフッとその場で変わる、と、何かに包まれて飛ばされた。違うかも、魔王様と一緒に飛んだ。


 大広間の一番大きな窓の前で、外は夜。

 ガラスに映るのは妖精姿のオレと、後ろからオレの肩を抱えてる魔王様。


自惚うぬぼれるなよ? 薬草の為だけではない、後先を考え全てを決めているのは俺だ」


 冷たい声、暖かい手でアゴを上げられる、ガラス越しに一瞬合って伏せられた目が怖かった。


 ああそっか、自惚れか。

 なんだ、そうだよね。

 魔王様はオレがいなきゃダメだって思った時もあったし、そうだと思い込んでた。

 これが自惚れか。せっかく生きてたけど今ここで消されてもおかしくないぐらい……そっか……んん?


 魔王様、笑ってる?


「……と、言えたら魔王らしくて格好が付くのだろうが、残念ながら俺が動くのは薬草の為だけだ。俺の全てを決めているのは薬草だ」

「はい?」


「そんなに俺と薬草は似合わないか? ではこうすれば良いのか?」

「わあ」


 ガラスに映る魔王様の背後に透明な羽が生えた。四枚、オレと同じ妖精の羽。


「幻術で作ったが俺ならこのままにしておける。俺が薬草に近付こう。後は何だ、どこがどう気になっている? 身長なら俺が縮もう。顔は薬草が好きに変えれば良い。ずっと俺の顔を見なくてはならないのは薬草なんだ、好みにしてくれ。さあ後は?」

「いや、えっと」


「では、そんなに良かったのなら薬草がレイナの姿に変わっても構わない。それも違う、それも嫌なら飾りの姫を立てよう。レイナにはその気が無い様だから硬貨を積めば良い、俺と薬草に干渉しない適当な者がいるだろう。どうだ分かったかい? 勝手な事を次から次へと言わないでくれ。俺はどうする?」

「……えっと……」


 そんなに勝手な事だったかな。全部言い返されちゃったのか。

 僧侶も言ってた、魔王様はどうするって。

 どうもしなくて良いと思ってたんだけど、なんか違うみたいだ。


 ガラス越しに見つめ合ってる。

 冷たいと思った声はもう笑ってるし、なんかもうフザけてる感じになっちゃってる。結構真剣にお話ししたのにな。


「そんなに容姿が気になるのかい? 俺には今この腕に抱く者が女神か花の化身けしんに見えているのだが?」

「……魔王様はキレイだから、何も気にしてないから、オレは普通って言われてるし……」

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