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「う、うん、なにこれ、スゴ?! あ、でも、もうちょっと後ろが長いかな? まあこんな感じ、てかスゲーな。で、ここに人が乗って運転、操ります」

「すごい! シンデレラの馬車の馬無しみたいな?」


「ああ、それそれ! ガソリンで動くんだけど……ごめん、仕組みが全然分からないんです。もっと色々知っておけば良かったんだけどね。これもずっと考えてたんすよ。ボクが物凄い頭良くて知識を持ってれば、それを使ってこの世界で生きていけるのにな、とか」

「充分です! がそりんガソリンは分からないけど、うん、操るのは何とかなるかも!」


 テーブルの上のトラックは緑色に透けてる。前に二つ座る所があって、運ぶ荷物を置くのは後ろのココだろうな。


 ポヨンと薬草姿に戻ってポテテテッ。

 タイチがここに乗るって言ってた、ネズミの御者ぎょしゃが座る所にプニッと体を押し込んでみる。


「えい」

「マジで動くの?! なにそれ?! いやちょっと待って、タイヤが回るんだよ、その下の丸いのが……」


「回る? えい」

「いやマジか! なんか危ないって、ブレーキ、無いか?! 止まって!」


 ゼロが笑い過ぎてスケッチブックを膝に置いた。ビーンさんも手帳と鉛筆を持った手をブランと下げて天を仰いでる。

 普通に笑ってる魔王様の黒いニョロニョロが、テーブルの真ん中から端を目指してたオレのトラックを止めちゃった。ピョーンッて飛び降りてみようと思ったのにな。


「フハハッ、薬草、ちょっと、そうだな、フフッ、テーブルは止めておきなさい、やるなら外で遊ぼう、付き合うから、ハハッ」

「はい」


 残念。ムンッと荷物を乗せる所にも座ってみると……ここは眺めも良いし、誰かに操ってもらってトラックが走っても楽しそう。


 うん、すっごく楽しそうだ!


「タイチ、これすごい、ありがと教えてくれて! トラックすごい!」

「……なんか違う、けどスゴい、確かにスゴい」


「薬草、似合うぞトラックが、そこに座るのはずるい、出荷のようだ、物凄く似合う、なんだもう可愛いなもう!」

「出荷?」


 お野菜みたいって事かな? 喜んでいいのか分からないけど魔王様にモチムニされながら、本当にこれはすごいと思う。

 オレは魔力で動かせるけど、人間にも、人間なら何とか仕組みを考えて魔力が無くても動かせたり出来るんじゃないかな? 馬以外で人間が使える移動手段が増えるんだ。


 せっかく作ったから魔方陣で術を固定。大きくすればみんなに見せたり乗ってみたりも出来る。

 僧侶にも見せよう、仕掛けを考えてくれるかも知れない。というか僧侶はどこ行ったんだろう? 先に帰ってるはずなのにな。


「えーっと、なんの話でしたっけ?」

「ハハッ、プリンセスの質問は何をしていた人か、楽しかった事は? という、フフフ」


 タイチがまだ笑ってるビーンさんに聞いてほっぺたをポリポリしてる。

 そうだ、質問……んん? タイチはトラックに轢かれたって言った? これに轢かれたの? 人間が乗る大きさのトラックに?


「そうそう、そのトラックに轢かれて死んだんで何もしてない人、ただの子供、ただの学生でした。楽しかった事っすか? なんだろな? 友達と遊んだりとか……」

「え?! 死んだんで?!」


「うん、ボク死んでる。だからこの世界に来たのかなって。てか、それしか理由も無いと思うよ?」

「死……ええ?!」


「なんかそういうアニメとか流行ってたから、ああコレかマジかって超嬉しかったんだけどね。この世界ではボクが主人公の勇者とかでスゲー強くて、出会う可愛い女の子がみんなボクを好きになって全員とイイ感じになって、最強とか言われて、なんか幸せになったり冒険はまだまだ続くぜって、絶対そうなるんだって……思ってた! くっそー、違ったんだよなー、もうー、なんでだー」


 トラックから魔王様がオレを膝へ乗せてくれたけど、ここじゃ何か悪い気がするから肩にヨジヨジ登った。

 タイチが死んでる事にビックリし過ぎて何て言えばいいか分からなくなっちゃった。


 紅茶を一口飲んだ魔王様が、カップを置く。


「そういう物語を最近読んだな。天の声の世界で流行っているのかな?」

「え? もう十二年前の話ですよ? いや、そっか、まだ流行ってるのかな?」


 またふと寂しそうに見えた。

 やっぱりタイチは無理をして笑ってるのかも知れない。別のお話をしてあげた方がいいのかな……どうしてあげれば良いんだろう?

 魔王様が時間を取り戻すって言ったのは、ミーナさん達をガイコツから人間に戻した魔方陣を使うのかな?

 だとしたら、そうしてあげてやっとタイチは楽しくなるとか?


「てか魔王様、それボクも読んでみたいです」

「いいよ、はい」


「おお?! ありがとうございます、これ魔法っすよね?」

「そうだね。便利なものだ」


「スッゲー、空も飛べるし物も出せるし、スゴいっすね!」

「はい、どうも、うん」


 魔王様が空中に出した本を受け取ってニコニコしてるタイチは、一つも悪い事をしてない。

 なんなら今、オレ達にすごいお話をしてくれてる。王様が言ってたみたいに世界が動きそうなお話だ。すごい良い事をしてると思うのに。


 ……死ぬなんて、そんな怖い事があって、もう一度生きてるって分かって、生きてるなら別の世界でも何でもいいよね、すっごく嬉しかったと思う……なのにすぐ牢獄に入れられて。


 ついさっき死んだと思ったオレが言うんだから間違いない。酷い話だ。


「薬草? 何となく分かるが、今はタイチに聞きたい事が沢山あったのではないか?」

「……あ、あります! えへへ、うん、いっぱいあります!」


 そうだった、せっかく天の声の世界から来たタイチに出会えたんだ。いま出てきたやつ、聞いておかなきゃ。


「お友達と遊ぶのは何をするの?」

「カラオケ行ったり、ゲーセン、ゲームが沢山あってヌイグルミ取ったりするトコね、なんか食べに行ったり、まあずっとドリンクバーなんだけど、あ、夏休みとかなら海行ったりもするかな」


「か、からおけカラオケとは?!」

「ええっと、曲だけ流れるから画面の歌詞見てただ思いっきり歌う遊びなんだけど、そっか! もしかして画面、テレビは? パソコンは? ケータイは?」


「わあ」

「アハッ、マジか! よしオジサン頑張っちゃう! あ、じゃあアニメ、ドラマ、映画、あ、ゲームは? このゲーム以外の別のゲームの事とか?」


「……わあ!」

「アハハッ、薬草は面白いね! ねえ、さっきのトラック作ったみたいなの、まだ出来る?」


 クルンパッと勢い良く妖精姿になってステッキを構える。テーブルの上があっという間に透けた緑色の物でいっぱいになった。


 全部初めて見る物、全部天の声の世界の物。

 なんとなく家の中の物には直線が多くて、でも人間が乗る物には曲線が多い。

 すごいな、異世界ってすごいんだ。


 タイチに出してもらって大きくした三輪車をキコキコしながら、大広間をグルグルしながら、魔王様とタイチの難しいお話を聞いてる。

 国会、内閣、裁判所のお話、憲法、宗教、戦争、貿易、全部細かくは知らないって言いながらも、タイチは聞かれると一生懸命に答えようとしてくれる。

 分からない事はちゃんと分からないって、適当な事を言わないようにしてる。それって、すごい事だと思う。本当に、本当にすごいこと……。


 ……チリン、リンと涼しい音がした。クロとコハクの音。おかえりってまだ言ってないや……。

 これは魔王様の抱っこだ、暖かい。

 僧侶と魔法使いの気配、勇者とインキュバスさんもいた。


 お話したいな。すごい事がいっぱいあったんだ……天の声の……タイチだ!


「さすがに起こしてしまったか。もう真夜中だよ、眠っておきなさい」

「……やだ、せっかく……」

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