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「誰だ薬草を普通と言う奴は? 速やかに消すよ、目障りだから教えなさい」

「……うふふ」


 オレを後ろから抱いてコツンとアゴを頭に乗せてくる魔王様がそんな事しないの、知ってる。

 だって、ものすごく物騒な事を言ってるのに優しく目を閉じてる。


「いいかい薬草、正直に言おう。国内の評価は割れている。魔王が王子、薬草が姫、それを許す王家、その辺りを良かれと思う者達と否定する者達だ。そういう世論を作っているのは新聞だ。俺が動く事が面白くない者達が競って新聞記者を硬貨の力で動かし始めた。それをまた面白くないと思った者達が独立したい記者を買って新しい新聞を作った。そのどちらにも属さない記者達もいて、その筆頭がビーンだ。彼は本当の事を書きたいと自力で新聞社を立ち上げ、俺達の事を肯定も否定もしない立場で伝え続けていた。舞踏会で接触してきたのはビーンだけだっただろう? 他の記者は遠巻きに俺達を眺めただけで記事にした、あの日は薬草が頑張ってくれたお陰で向こう側の新聞までもがおおむね好意的だった。そうだな、舞踏会が好機だった。あれでようやく世論が互角に真っ二つになった。あの時も見出しが派手な彼の新聞は売れているし、根本的な所でこの変化を愉快だと感じている節があった。俺がビーンを選んだ理由はそこだ、薬草と気が合うと思った。そして例え話になるが、薬草が俺を選んでいなかったら、俺がレイナや偉い人のお嬢様とやらを姫にしていた場合でも、その世論が割れる流れは変わらなかっただろう。誰がどうなっていたとしても俺や王に遠くから文句を言う奴はいるんだ。ただ確実に違うのは、その場合だと俺は国の為に動くなどしていなかっただろうという事だ。現状の様に真っ二つではなく、何もしない俺やそれを容認する王を否定する勢力の方が強くなっていただろう。そうなってしまったら国の崩壊も視野に入れねばならなかった。人間の中には自分が王にと野望を秘めている者が少なからず存在している。魔王よりも支配欲という物が強いのだろうな。それに、姫に仕立て上げられた女の子は国の事など、ましてや他人の事など、更には出会う順まで気にかけ、本気で国民を幸せにしようと考え行動し俺を動かしただろうか? そうは思えない。ビーンという記者も駒の一つのまま、特に面白くも何ともない新聞がバラまかれては情勢が拮抗するだけの、愚にもつかぬ世界だっただろう。今の俺が小さな者や弱い者の為に何かしたいのは薬草が喜ぶからという理由も大きい。きっと薬草は自分が小さくて弱いとでも思っているのだろうな。同類や同族にはもちろん、強い者にも人間にさえも希望や支えになる様な何かを成してやりたいのだろう。自分だけ魔王に可愛がられておけば良いものを、見ず知らずの者にもさちを分けたいのだろう。全てたがわないはずだ。俺はその笑顔が見たいが為にこの国に関わる。性格的に不向きなのは重々承知の上で、自ら面倒に巻き込まれに行き、自ら良い評価を得ようとしている。薬草がいなければ王子としての公務など放っておいただろうという事だけは確実だ。それに打ち合わせもない本当の死を目前に完全な無言を貫いた、あの勇気と男気と高潔な魂に心から震えた。俺は試しにかけて貰った術でも叫んでしまったのにだ。称賛に値する、もはや崇拝に近い。俺が出来る事ならば何でもしてやろうと改めて思った。添い遂げようと俺が決めたんだ。それだけだ。外見が似合う、似合わないという話では無い。薬草だからなんだよ」


「なんて? 半分ぐらい分かりませんでした!」

「……そう来るか薬草よ! ……まあいい、俺も良く分からなくなってきた。言いたい事は言った、悔いは無い」


 本当はちゃんと聞いてた。なんとなく途中からインキュバスさんを思い出しながら。あの時は一回死んでって言われたな。

 魔王様は絶対言わない、死んできたの知ってるから。うふふってなる。


 ……そうだ。こういうのが聞きたかった。

 わざわざオレがいる時にケーキを買いに来て姫様と慕ってくれる人達と、緑色の風船を渡せなかったあの女の子。分かってた、大丈夫。

 ビーンさんを近付けた理由も分かる。新しい事が大好きで、何でもすぐに吸収しちゃう面白い人だからだ。オレがお水を吸うより早く新しい言葉も覚えてるんだろうな。

 この国を、王様を何とかしようとする人間とはいつか戦わなきゃいけないかも知れない。でも大丈夫、オレは清く正しく美しくお姫様らしく言葉で立ち向かえるはず。

 魔王様が違う人と結婚したら……分からない。ただ、それは嫌だって事はちゃんと分かった。自分に正直に素直に考えても、やっぱり嫌だ。


 聞き返したオレにガックリきてる魔王様も面白い。もたれてくる重みが嬉しい。

 自惚れじゃなかった。魔王様はオレの事が大好きだ。オレの為に無茶な事をするから気を付けなきゃって、今まで通りそう思い込んでて大丈夫。

 よし、もう迷うのはめだ、終わりだ。


「……薬草?」

「うふふ、嘘です。ちゃんと聞いてました。うふふ、だから分かりました」


「そうかい?」

「はい、もう勝手な事は言いません。聞かせたからには巻き込んでください。オレも決めました。魔王様はオレだけの王子様です。だから役に立ちたいし、役に立ったら嬉しくて喜びます。ちゃんと頑張ります」


 ジワジワと力がこもっていく腕に身を任せるけど、ジワジワと首も締まってる。

 これは抱き締めてくれてるんだけど、ニコニコしてるオレも悪いんだろうけど……これは、まあまあ苦しくなってきた……。


 背が伸びた感覚がまだ慣れないのはお互い様だろう。それでもちょうど良過ぎる所に魔王様の手首が、さっきアゴを向けられた時の流れで絶妙な所に手が、でも言い出せない、ガラスに映るのはオレの緑色の髪に唇を埋めて目を閉じてる幸せそうな魔王様、言えない、普通に苦しいなんて。


「もう一度言ってくれ」

「……は、はい?」


「魔王様は?」

「……ま、魔王様は、オレだけの王子様?」


「ンフフッ、うん、そうなるか、仕方ないな。うん、良い響きだ。その言い方は……どうした?!」

「……」


 顔色がおかしかったらしいオレの背中をトントンしてみたり逆さまにしたり抱っこしてみたり、魔王様がジタバタ慌ててる。ドサクサに紛れてしがみついておく。


 オレが後ろ向きに考えると、魔王様は前向きに考える。前もあったな。同じ事を繰り返してるようで、でも進んだ気がする。


 ……ドサクサに紛れたのはオレだけじゃない。なんか首がくすぐったい、スンスン空気が吸われてる。背が高くなって吸いやすくなったのかな。

 なんでだ。


「大丈夫か薬草?」

「はい、元気です」


「すまない、愛しさが爆発した。お仕置きだと予告していたが止めておく。今ので良いだろう」

「オレはお仕置きされる予定だったんですか?」


「当然だ。聞いていなかったかな? これだけの事をやらかしておいて無事で済むと思ったか?」

「そっか、はい」


「……本気で消えるつもりで俺に抱かれたのか? 思い出を作ったつもりだったのか?」

「いえ、ちが……そうです。ごめんなさい」


 グイと体を離された。オデコにオデコがコツンと付けられて。


「それが一番許せない。最初で最後だと無理をしていたのか? あれで終わらせる気か? 許さん。俺の色に染まめる……噛んだ」

「あ、それ勇者の大人用の絵本に書いてありましたね」


「……何故知っている?」

「お泊まり会をした時に見せてもらいました。魔王様も読んだんですか?」


「薬草が学校に行っいや、読んでいない。勇者が勝手に持って来たが読んではいない、見てはいない、何も知らない」

「そうですか、面白かったですよ。今度借りてくるので夜ご飯の後、一緒に……」

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