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 偉い人は、大人の人間は、本当に変わったのかな? マーリンさんと僧侶のお説教の結果、どこかでオレも聞けるといいけど。

 みんながお話を聞いて自分の意見も言えて、ちゃんと話し合えるようになってるといいな。


「魔王様、フワフワで帰りたいです」

「薬草がそうしたいなら何でもしよう」


「ねえ僧侶、地図をもう一回、あれ? ありがと」

「言うと思ったぞ。観光用じゃ」


 僧侶すごいな。至れり尽くせりだ。

 先に帰って準備を、メイドさん達にも伝えておくと、僧侶だけドットちゃんの転送で先回りしてくれるらしい。

 僧侶には後で色々と聞く事がいっぱいあるんだ。あの死ぬ術なんて大変だ、教えてもらわなきゃ。とりあえず先に帰っちゃうの、了解だ。


 タイチに地図を渡して、魔王様にはオレの指差しでバルコニーに向かってもらう。

 黒いフワフワを出してもらっても、それに乗れと言われてもタイチはビクビクしてる。魔王様が差し出す手にサッと掴まった。

 ……魔王様が手を出した気持ちが分かる気がする。なんだろう、守りたくなっちゃう人なんだ。


 王様達に手を振って、フワッと真上に飛んでくれた黒いフワフワ。グルッと一望出来る景色にタイチが息を飲んだのが伝わってきた。

 不思議で嬉しいな。天の声の世界の人間が、オレ達の世界を見てくれてる。


「向こうが海です。海を背中にすると、右に最初の村とか砂漠とか天の声がゲームをする所が集まってます。真ん中に王様のお城、左に魔王城です」

「……広い?!」


「王様のお城から最初の村までは歩くと一日か二日ぐらいかな? 魔王城までなら半日とか?」

「普通の人間なら倍以上かかるだろう。山も森もあるし川もある」

「へえー、思ってたよりずっと広い、スゴい、スゲーっすね!」


「タイチはどの辺りで捕まったんですか?」

「多分だけど、最初の村とかその辺かな。目が覚めたら話し声と足音がして、勇者っぽい人と女の子とおじいちゃんがいて、近寄ろうとしたら捕まっちゃいました」


 ハハハッて笑ってるけど笑えない。そんなにすぐだったのか、なんて事だ。


「じゃあ何も知らないまま牢獄ですか?! ひどい!」

「そうなります、はい」

「何とも申し訳ない話だな。すまなかったね、タイチ。心苦しい限りだ」


「いえいえ、そんな、大丈夫……じゃなかったけど大丈夫っすよ! こうやって連れ出してくれたし、本当に感謝してます! えっと、魔王様で王子様、薬草でお姫様、これ合ってます?」

「合ってます!」


「おじいちゃんは僧侶、背の高いイケメンが勇者、めっちゃ可愛い女の子は魔法使い、で、合ってます?」

「うふふ、合ってます!」


「新聞とか雑誌で覚えてたんですよ、役に立つと思わなかったな。なんか魔王様が町とか村を回ってるって話からドンドン新聞が分厚くなって、で、今です」

「ずいぶんと割愛したな、そうなるのか」

「うふふ」


「ボクからしたら、この世界には世話をしてくれる騎士と王様と新聞しかなくて、なんか僧侶が色々してくれたっていうのは王様から聞いてたんですけど今日初めてちゃんと会って話せたし」

「そうだったか。俺も王子の仕事を引き受けてからタイチの噂は聞いていた。が、牢獄へは王ですら大臣やらの許可が必要だし、俺は申請しても見送り、後回しと近寄れなかったんだよ。保守派という奴等の仕業だろうな。ドサクサに紛れて今日で二回目の牢獄だったか」


 ……初めて聞いた。そういう人がいるのか。

 魔王様、オレには全然教えてくれない。

 頼りないから、余計な事をしそうだから、子供だから、そんな感じかな……結構大人になったのにな。


「なんか揉めてるんすか?」

「変わっていく事を拒む者達がいる。町や村の発展や新しい事業を潰そうとするんだよ。魔王が王子というのも気に入らないらしいが、表向きは完全に平和だ。特に気にしなくて良いよ。巻き込まれそうになったら頼ってくれ」


「へえ、あんなイイ王様がいる国でもそんな事あるんですね。大変っすね、魔王様も」

「まさか慰められるとは思わなかった。余程タイチの方が大変だったろう、フフッ、面白いヤツだな」


 なんとなく勇者みたいな感じでふところに潜り込んでくる人だと思う。優しくて軽くて、裏も表も無さそうだから魔王様もお喋りが釣られちゃってるんだ。

 それに、なんかやっぱり弱そう。実際に人間だから弱いんだろうけど放っておいたら死んじゃいそうだ。


 魔王様とタイチ、仲良くなって欲しいな。そしたら、色んなお話を、天の声の……。


「その、薬草さん、薬草君、薬草ちゃん、寝てません? その体勢ヤバくないですか?」

「ああ、二つ折りになっているがバランスは取っているようだ」

「……起きてます!」


「うお?! ビビった! ええと、なんて呼べば良いんですかね? お姫様? エヴァさん?」

「薬草で大丈夫です!」


「や、薬草、さん? くん? ちゃん? さま?」

「ただの薬草です!」


 魔王様が笑い出した、なんか普通に笑ってる。

 これは一緒にいるタイチに遠慮が無くなった、心を許したって事じゃないかな……今すごく嬉しいのにダメだ。ニョロニョロに抱えてもらってブラーンッてしてると揺れが気持ちいい、眠たくなっちゃう。


 いや絶対もったいない、寝ちゃダメ、ムクッと起き上がる……けどすぐシナッとなっちゃう。


「スゲー背筋、どうなってるんすか?」

「薬草は妖精の姿でも薬草なんだよ。普通のヒトガタより体も柔らかいし植物のように成長していく」


「へえー、色んな人がいる世界なんですね」

「ああ、きっとこれから沢山の人やモンスターやアイテムに出会うと思う。クセの強いヤツも多いが大体は好意的だ。楽しんで欲しい」


「はい、ありがとうございます! あ、魔王城に行くんですよね? 他に人がいるとか?」

「メイドが四人常駐している。顔を見て紹介するよ、何でも頼むと良い。あと今日は新聞記者と絵描きが待ち構えている」


「新聞記者? 絵描き?」

「王や僧侶とも相談したんだが、タイチの話はこの世に広めた方が良いと思っている。協力してくれるか? 嫌なら控えてもらうが」


 ビーンさんと……ゼロかな……確かにオレは疲れてるかも……だけどタイチのお話は絶対聞きたい。


 ムクッ。


「タイチ、好きな食べ物はありますか?」

「え? 急だよね、ええと、ハンバーガーとかカレーとか好きだったかも、後はコンビニのチキンとか」


「こんびにのチキンは謎ですね、後で教えてください。了解です」

「ありがとう。お城でもさ、好きな食べ物聞いてくれて作ってくれました。ここの人達は本当にスゴい、大好きです」


「え、閉じ込めちゃったのに?」

「うん。閉じ込めやがって、みたいな怒り? とか怖いとかは、とっくの昔に終わってます」


「そうなの?!」

「みんな普通にイイ人達だなって。どうやって生きていこうかとか、よく一人でシミュレーションしてたんですよ。まず何も持って無い、買えない。じゃあお金を稼ぐ、何で稼ぐのって。捕まってなかったらボクは静かに飢え死にするしか無かったんですよね。それを好きな食べ物とか聞いてくれるなんて神様みたいな人達だなって」


 ニコッてしてくれた。

 なんだろう、本当になんだろう、この感情は? こっちが悪いのに、すごく良い人のままなんだ、おもてなししたい、なんかしてあげたい! と思ったら……んん?

 魔王様に僧侶の気配がする、術でなんかお話ししてるのかな? なんでオレには教えてくれないんだ。やっぱり僧侶は後でちゃんとお話ししなきゃいけない。


「ほう……タイチ、僧侶が調べてくれたらしいのだが」

「はい?」

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