Monk
9
ニューゲームスタートから81時間32分、やっと天の声は電源を切った。
今日はまだマシな方かな。でも寝てる間は電源ぐらい消そうよ、消して欲しい、心からそう思う。
……疲れた、枯れちゃいそうだ。
みんなでその場にヘタり込んでホヘーッと大きく一息。
「アンタちょっと歯ごたえ出てきたよね、ナタデココみたいだった」
そう言い残して魔法使いはもう消えた。彼ピのインキュバスさんの所に行くって、彼ピってなんだろう。
オレが彼ピではないのは分かる、ただの薬草だ。
ゲームの序盤は忙しい。誰かを倒せばドロップするし、宝箱からもコンニチハ、歩いているだけでポロリと出ちゃったりする。
レベルが上がるまでは魔法使いと僧侶に食べられながら、ほとんどの時間を勇者のポケットで過ごすけども。
「確かに美味くなったのう。噛めば噛むほど旨味が出てくるぞ」
「ちょうど小腹すいてんだけどさー」
「勇者はMP関係ないでしょ、オレをオヤツにしないで」
僧侶と勇者も疲れてるんだろうな、オレ達も魔王様の所に転送してもらおう。
ちょいちょい帰れてたけど、魔王様は勇者が倒しに来るまでやる事が無い。全く無い。
いつ帰っても誰かと賭けトランプをしてたり、ワインを飲んでたり、デュラハンさんに追いかけられてたりしてた。
ちょっと前まで勇者と僧侶しか遊ぶ相手がいなかったのと比べれば、魔王様は超レベルアップしてる。
でもきっと、とってもヒマなんだ。帰ったら遊んであげよう。
パチン、まばたき一つ。
魔王城、大広間はシンと静まり返ってる。メイド姿のガイコツさんが一人、モップでお掃除中だった。
魔王様、と声を掛けようとして気付いた、メイドガイコツさんが人差し指を立ててシーッとしてる、その目線は巨大な魔王様の椅子の上だ。
勇者と僧侶はヤレヤレといつもの席に座る。どこからかもう一人メイドガイコツさんが出て来て、お茶を入れたり食事の準備を始めた。
お掃除の邪魔をしない様に根っこをニョーイと伸ばして、魔王様の椅子の端っこにポテリンと乗る。
広い座面の真ん中、真っ黒いビロードにくるまってスヤスヤ眠る魔王様がいた。
ポテテッと近付いてみる。銀色の髪がステンドグラスを抜けたカラフルな昼の光でキラキラしてる。
オレもその顔の側でペチョンと横になってみる。まつげ長い、肌白い、オレ達の魔王様、本当にキレイな魔王様だな。
「……スヤスヤ」
「あ、起こしてしまいましたか魔王様」
「あれ、バレたかな? 上手く寝ていたのに」
パチリと目を開けた魔王様、灰色の瞳もキラキラしている。ニコッとされて、モチッと捕まった。
とりあえずやっとくか、みたいな感じで容赦なくプニモチプニモチ揉まれる。
「んぎゃあ」
「おかえり、薬草がいないと退屈で仕方ないよ。たまには眠ってみようかと思うぐらい退屈だった」
「ただいま、そんな事ないでしょう」
「いやある。何だろうな、薬草と話すのは楽だと思う」
「なんで裸なんですか」
「パジャマを持っていないから」
とりとめのない会話、まさか魔王様とこんな風に話せるとは。とりあえず手のひらから、細い指から逃れてチョコナンと座る。
「とっても上手くいってるんですよ、ケガも一人もしてません」
「聞いているよ、みんなに出会った子達が凄く嬉しそうに報告しに来てくれているんだ。勇者の剣が当たっているのに当たっていない、自分で倒れてドットが転送してくれるだけで仕事が終わるんだ、と」
「うふふ。そっか、みんな来てるんですね」
「うん」
魔王様がムクッと起き上がるとドットちゃんの早技か、一瞬で黒ずくめの服が魔王様を包んだ。
オレを肩に乗せて、結構な高さの椅子からフワッと床に降りる。もうステーキを食べている勇者とハイタッチ、僧侶とグラスをチンと合わせて、魔王様もいつもの席に。
「そういえば、一つ分からない事があったな」
赤ワインに口をつけ、魔王様がテーブルに頬杖をつく。そしてオレを肩から手のひらへ、キレイなお水にトプンと入れてくれる。
キラキラのお皿の縁に掴まりながら聞く。
「なんですか?」
「俺が眠ってしまう直前ぐらいか、天の声がバグか? と言っていたのが聞こえたんだが」
「あ! すみません、それ私です……」
「ドットかい? 何がどうなっていたのかな?」
「あの、王妃様が王様とお散歩をされてまして、画面に出てしまいそうだったので一瞬だけですがフリーズさせて見えない所まで移動して頂きました、すみません」
「なるほど、俺から注意しておこうか」
すみません、とまだ謝るドットちゃん。謝る事は無いよと笑う魔王様。
でも確かにドットちゃんの機転がなければ、存在しない王妃様が出ちゃって大変だったと思う。もう死んでる設定だしな……。
でもでも、なんかそれじゃ王妃様がちょっと可哀想な気もする。
「あの魔王様」
「なんだい、薬草?」
「王妃様が自由に出来る場所って作ってあげれないんですか?」
「甘やかし過ぎは良くないよ? 勇者が旅立った後は城内にいくらでも自由がある。外に出ていたとしてもドットの警告を無視したか聞いていなかったのだろう。ああいう感じを天然な人というのか、少し変わった所がある」
大丈夫だよと魔王様はニコニコしてる。ちゃんと王妃様のこと知ってる、オレ達がいない間に会いに行ってお話とかしてるのかな、なんか嬉しい。
今の言い方ならやっぱり可愛い王妃様みたいだし、家族だし、魔王様に任せておけばいいのかな。
お腹がいっぱいになって落ち着いた勇者、なんでもいいけどさー、とテーブルにペタンと倒れた。
「この天の声、超ヘンな遊び方してない? なんか建物の中に入ったら隅から隅まで歩かされっしさ、壁の絵とかの前で全部立ち止まるしさ、飾りの階段とか上れないのかって色んな角度から攻めたりさ」
「へえ、楽しそうだね」
「いやいや、おま、魔王様やってみ? 超つれえから! 外とか出ても木の間とか全部通らされーの、マップの端まで行ってガンガンぶつけられーの、岩とか全部斬らされーの」
「それは何の為にやっているのかな?」
確かに。なんか今までに無いぐらい歩かされてるし、ムダな動きが多い。だから王妃様も見えそうになっちゃったんじゃないかな。
またうるさい天の声だと思ってたら、『ここは特に』とか『ここ怪しいのに』ぐらいで、ほとんど喋らなくなったから何も分からない。
「隠し宝箱や隠し扉があるやも、と探しておるんじゃろ」
僧侶がズズズとお茶を飲んで答えた。
ああ、なるほど、なんだそれ?
「それ、何が楽しいの? オレだったらサッサと魔王様の所に行きたいな」
「僕だけが見付けたぜ、みたいな特別感?」
「そんな物は用意されていな……あ、あるかな」
魔王様が何か思い出したみたいだ、ニヤッと笑う。
「どうなっているかな? 行ってみようか」
オレは勇者と顔を見合わせる。
なんかイヤな予感しない? するねーヤバいねー、と目で会話、ピチッとお水から出てタオルでキュンキュン体を拭く。
勇者に根っこを伸ばすと、ムギュリンと捕まって魔王様の肩に乗せられた。
「薬草はここだね」
「あ、はい」
「ドット、行って欲しい所がある」
「はい、あの、でも私達、そんな場所や宝箱の心当たりが無いのですが、私達が知らないというのは有り得るのですか?」
「そうか、ドットも分からないのか。フフフッ、嬉しいね」
「怖いです魔王様」
勇者が外していた小手をキュッとつけて、ゆっくりお茶を飲み干した僧侶が立ち上がり杖を持つ。準備万端という事か。
「ドット、王の城の宝物庫へ行ってくれ。西の端の宝物庫へ」
「はい! え?!」
まばたき一つ、真っ暗だ。
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