10

 ドットちゃんが壁の燭台しょくだいに火を灯してくれて、勇者の手元に松明たいまつを持たせた。


 赤いレンガ造りの宝物庫には、ただただ所狭しと物が積んである。鈍い銀色の鎧や、バカみたいにデカい盾、誰かの肖像画みたいな大きな絵、なんかの壺、古びた宝箱。

 もうなんか色々ありすぎる。何のために作ったんだろう、ただの雰囲気作りかな。


 魔王様はよく知っているのか、ヒョイヒョイと足元の物を避けて奥へ奥へと進む。


 ふと暗くなった。

 後ろで松明を持った勇者が、こっちに背を向けて立ち止まってる。更にその奥で僧侶のローブが何かに引っ掛かってモゾモゾしてる。


 それでも魔王様はヒラッと大きな樽を飛び越えて指をさす。


「この先にあるんだ」

「先ですか?」


 目の前にはもうレンガの壁、両手を空に掲げて今にも飛び立ちそうな、真っ白な天使の石像。

 その片方の翼は一度折れて床で砕けたのかな? 白い粉が落ちてる。直したのかな?

 先には道も扉も、なにも無い。


 魔王様は上からレンガを数えて、横からも数えて、ポチッと一つを押した。

 目の前の壁がズモモモモと横にズレていく。ええー、とドットちゃんの驚いた声が沢山聞こえた。

 いっぱい居る、いっぱい見てたんだな、そりゃ気になるよね。


「フフフッ、結界を張ってみたんだよ。魔王の超強力なやつらしい。ドットに気付かれなかったのは嬉しいな」

「いや、こんな……本当に分かりませんでした」


 魔王様はオレを手のひらに移した。壁に開いた空間へスッと一歩、オレの乗った手のひらはまだ結界の外側。ゆっくり魔王様はオレが乗った手を胸元へ引き寄せる。

 特に何もなく、普通にペチョンと魔王様にくっつく。肩までヨジヨジして座る。


「ドットは来られるかい?」

「いいえ魔王様、通れません」


「なるほど、じゃあ掴まって」

「はい」


 魔王様が手を差し出し、引いた。


「あ、通れました」

「俺に触れてさえいれば通れるんだね」

「魔王様、自分の結界なのに効果が分からないんですか?」


 オレの超素朴な質問でもニコッと答えてくれる。なぜかほっぺたをムニッと付けられながら。


「一人で作ったからね、魔王になりたての頃に。試しようにも相手がいなかった。まあ魔王でも何が出来るのか探っていた時期もあったという事だ」

「……そうなんですか」


「魔王城は天の声が入れる場所だから何かあったらマズい。この城には造られたけれど使われない部屋が沢山あるし、まあいいか、と」

「なるほど」


 有効活用ってやつか。王様の城内で天の声が入れるのは、王様が常にいる謁見えっけんの間だけだ。本当は大広間とか小広間とか寝室とか、こういう宝物庫みたいな部屋も沢山あるみたい。

 よく出来てるのにマップとして使わないのはもったいない、でも、それがちょうどいい魔王様の実験場みたいになってたのか。


 ……という事は、この先に何があるのかというお話で……なかなか怖くなってきたな。


 松明の揺らめき、遅れていた勇者が小走りでこっちに来た、樽をヒラリンと越える。


「置いていかないでよー」

「あ、勇者、待って止ま……」


「ンギュフン?!」

「大丈夫?」


 間に合わなかった、ビターンと勇者が見えない壁にぶつかった。よっこいせ、とゆっくり追いかけて来た僧侶が追い付く。


「僧侶は通れるかい?」

「……ほう、結界かの。どれどれ」


 顔面を押さえてうずくまる勇者の横で、僧侶が見えない壁がある辺りに手を伸ばす。

 バチッと派手な火花が四方に飛んで、僧侶の指先が弾き返された。


 ……えっと、それ予想外に強力過ぎません?

 でも魔王様の横顔はいつも通り。オレだけかな? この違和感、魔王様は手を差し出す。


「人やドットは普通に通さない、それ以外には攻撃を伴う。対術用、対魔力用結界という感じかな。俺に掴まれば入れるみたいだ、ほら勇者も」

「んがー、痛かったー」

「……」


 勇者はガシッと魔王様の腕を掴んだ、僧侶はためらう。そりゃそうだ、結構痛そうだったし。


「僧侶は怖いかい? ここで待つかい?」

「なんのこれしき」


 僧侶も魔王様の腕を掴み、二人とも無事にこちら側へ来た。それにしても。


「魔王様、イジワル過ぎませんか?」

「何がだい?」


「僧侶を煽ってる」

「そんな事ないよ」

「うむ、心配してくれたんじゃろ、この年寄りを」


「そうかな?」

「そうだよ」

「うむ」


 なんだろう、何の違和感だろう。そういえばデュラハンさんを元に戻した時……あ。

 ゾクッとしたあの感覚を思い出してプルッてなっちゃった。


 今度、内緒で見せてやるよ……なんで忘れてたんだろう、あんな変な事を、あれは夢とか幻じゃないよな、あれは……なんだろう、なんだっけ?


「お、なんか光ってんじゃん」

「ん? ああ、あれは……」


 勇者がトコトンッと前に出た瞬間、上下左右からレンガ色の槍がザクッと生えた。


「トラップだよ」

「遅い! 魔王様ね、結構遅いよ、言うのが!」


「ごめんごめん、いや僧侶も俺もいるし大丈夫かな、と」

「それ魔王の大丈夫! 僕人間!」


 丸い光で包まれた勇者。

 僧侶の杖が青く、魔王様の左手が黒く光ってる。二人同時に防御の術をかけたのか、そっか、よかったよかった。

 オレは魔王様の肩にちょっとチビった。勇者が死んじゃったかと思ったよ、本当にもう。


 魔王様が手をかざすと無数の槍がシュッと消える。魔術って本当にすごいな。


「さすがだね、僧侶は。速い、正確だ」

「いやいや、魔王様が下方に防御を重ねてくれんかったら串刺しじゃったのう」


「……うふふ」

「……笑えねー」


 穏やかに物騒だ。

 こんなトラップを作ろうと思うなんて、やっぱり魔王様は魔王様なんだな。串刺し寸前だった勇者は松明を持っているのにササッと後ろに引っ込んだ。

 魔王様が先頭で歩き出す。ドットも側に来て、と言った後にその左手がフワッと全員を包む黒い光を出した。


 一歩踏み出す度に炎と氷が交互に吹き付けてくる。もう物騒が過ぎる、殺意しかない。


 少し行くと行き止まり、いや、扉がある。

 レンガに紛れているのに、とても分かりやすいドアノブが付いてる。


 これは絶対に開けちゃダメなやつだ。

 と、思ったら魔王様がガチャッと開けた。なんでだ。


 眩しい、何かが叫んでる、吠えてる、耳が取れそう、耳は付いてないけどね……!


 目が慣れた、ドアの向こうには巨大な黄金のドラコンがいる。その体は燃え盛る金色の炎、ガアッと鋭い牙が!


「わあ、魔王様!」


 思わず根っこを伸ばして前に、魔王様の盾に、いや、なんか違うな、ああこれ大丈夫なやつだ、違う、これダメなやつだ!


「来たか! よし可愛いもう可愛いぞ!」

「……もう、やだこれ」


「いいではないか! 可愛い本当に女の子だ可愛いぞ薬草!」

「……オレはイヤですよ」


 はあ、やられてしまった。

 ついつい思わず無意識ぐらい自然に、魔王様を守ろうとしてしまった。王子様と違って強いんだから放っておいても大丈夫なのに。

 なってしまった、緑色の妖精姿に。


 魔王様がギャーギャーうるさい。あれから一度も妖精姿にはならなかった、最近は忘れてくれたのかと思ってたのにな。


「幻術のドラゴンにしてはっておるの。見事じゃ」

「すっげー迫力、マジでホンモノみたいじゃん」


 勇者はスゲーとか言いながらドラゴンを見てるし、僧侶は幻の中に入ったり出たりしてる。

 助けてよ。


「いいと思うが! すごくいいと思うよ可愛いじゃないかダメだ可愛い過ぎる少しそのままでいようか、少しでいい可愛いよそのままで」

「えええ?」


「いつものように乗ってみるんだ肩に遠慮する事は無い、薬草でも妖精でも乗ってみるといい高い高いだぞ、どうぞようこそ」

「……わあ」


 完全にハメられた。オレが魔王様を守りに入るだろうと、そうしたらこの姿になるだろうと、だから前置きも無くドアを開けたんだ。

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