6

「俺は誰一人として消したく無い。共に生まれ、共に物語を作ってきた仲間だと思う。だから、ドット? 王を連れて来てくれ。王妃を集めてくれ。俺を王子の体に戻してくれ。この可能性に賭けるよ」

「……分かりました。私達で出来る事をやらせて頂きます!」


「ああ、頼む。ドットも仲間なんだから急がなくても良い、困った事があったら戻っておいで」

「……魔王様……!」


 そりゃ泣くよ、魔王様はズルい、なんでか知らないけどツボを分かってる。涙声で返事をするドットちゃんが飛んだ気配がした。


「して魔王様よ、万一デュラハンが元に戻らぬ未来があったとして策に心当たりはあるかの?」

「無い、どうしようか?」


 ふと気付くと三人がオレを見てる。

 ビクッとしちゃった、初めて会った時を思い出す。ああ怖かったなあの時は……。


 なんでオレを見てるの? なにこの感じ?


「薬草よ、王子になってしもうたら魔王様は無防備じゃ、術が使えるのかも分からん。そこにデュラハンの突きが来ればひとたまりも無い」

「……うん」


「ワシと魔法使いは防御と回復が使えるがデュラハンはそれを打ち破る程に強い、天の声にもよるが普通にワシらが全滅したりもするぞ」

「……うん」


「薬草よ、どうする?」

「え? なんでオレ?」


「気付いとらんのか、お主は賢い」

「……はい?」


 うんうん、と勇者も魔王様も頷いてる。そんな事を言われても……賢くなんてない、オレはただの薬草だ。特に何も出来ないし、出来る訳もない。

 魔王様の肩で無言の時間、そっと撫でてくれる暖かい手のひら。


 ……サラッと聞いた事の無い音がした。

 ゆっくりと人の形が、ゆっくりと足元から出来ていく。

 白いロングドレス、白い手袋、長くてキレイな銀の髪、優しい口元、灰緑はいみどり色の瞳と銀のティアラが輝いた。王妃様だ。

 その横にポンッとずんぐりむっくりな王様も現れた。


 そして、魔王様の黒ずくめの服も変わっていく。慌てて根っこでピョンと地面に飛び降りてポケーッと見上げちゃう。キラキラと一緒に変わっていく魔王様も不思議そうに自分の手や胴体を見てる。


 白いブーツに飾りの宝剣、金のラインが入った白い軍服姿へと、最後に髪の先がキランと輝いて完成したらしい。


 キレイだ、これが王子様……どことなく魔王様とは少し違う雰囲気がする。けど、オレを拾って手のひらに乗せてくれたその感触は魔王様だ。


「危ないから薬草は僧侶と一緒にいてくれ」

「ダメです、まだ何も準備を……」


「平気、大丈夫だよ。薬草がいつもみたいに説明してくれるね?」

「魔王様! 待って、出来ません!」


 なんか考えも何もまとまらないんだ、なのに僧侶がオレを受け取ると魔王様はサッと背を向けてしまった。

 王妃様と微笑み合い、王様とうなずき合う。


「開門!」


 魔王様の声で黒い魔王城の門扉がギリギリとゆっくり開いていく。

 デュラハンの足音が近付いてくる。

 王様と魔王様が一歩踏み出した、近付くひづめの音、王妃様を後ろに庇うように魔王様が立つ。


 魔王様にもし危ない事があったら……説得なんて……何をどう説得したらいい?


「聖騎士よ!」


 王様が叫んだ。

 城壁の角をものすごい勢いで曲がってきたデュラハン、僧侶が青く光る杖を向けてる、聞こえたのか見えたのか、スピードを落とした。もう始まっちゃってるんだ。

 パカ、パカと蹄の音が近付いてくる。


「長きに渡り御苦労であった。魔王討伐の任を解く、お前は自由だ」

「……」


「聖騎士様、わたくしもここにおります。私からもお願い致します。世は平穏無事な世界へと相成りました」

「……」


 王様と王妃様、二人はドットちゃんから話を聞いてから来たんだろう。とても穏やかに優しく説く。


 デュラハンが馬から降りた。ガシャンと膝を突き、ゆっくり武器を置き、頭を垂れる。

 勇者はメデタシメデタシとウンウンしてる。僧侶の杖を握る手がゆるんだ。


 ……上手くいった、のかな? オレの出番は無しで大丈夫? 何も思い浮かばないからこのまま……。


 魔王様が近付き、同じく膝を突く。見えないデュラハンと同じ目線になる。


「デュラハン、これからは……」

「待って魔王様!」


 ダメだ、ダメだった、早過ぎた! 間に合わない!

 デュラハンがスピアを手にする。


 鍵は何だ? デュラハンにまだ足りてなかった物、聖騎士にはある物、鎧、体、首……目か?

 ずっと何も見えない世界で魔王様を追い掛けていた……匂い、感触、振動……声か。


 魔王様の声に条件反射、早過ぎたんだ。

 デュラハンにはまだ王子様が見えてない、僧侶が送ってくれてる姿はあっても、まだ自分の目で直接は見てない。


 姿形が王子様でも声は魔王様だ、まだ完全には解けてなかったんだ。

 誰よりも速く根を伸ばす、スピアに巻き付け、デュラハンの冷たい鎧の体にも回す、けど、巻き付けるそばからブチブチと千切られてる。


 剣を抜いた勇者が飛んだ気配、僧侶が杖を向けてる。

 根を更に伸ばす、太く、分厚く、魔王様とデュラハンの間に飛び込む。

 二人の間で全力で膨らむ、太い根を重ねてみるけど……ズルッと無抵抗のままスピアがオレを突き抜けて体に刺さってくる。まだまだブチブチッと色々な物が裂けていく。


 魔王様が立ち上がろうとした気配。

 ダメだ魔王様、まだ大丈夫だから、いやちょっとダメかな、いや大丈夫。


 硬くなれ硬くなれと根を伸ばし続ける。

 魔王様まで届くな、届いちゃダメなんだ、これから楽しく暮らすんだ、もう声も出ない、破れちゃったかな……盾にもなれない、やっぱりオレじゃ意味が無かったよ。


 キンッ、ギリッと、鋭い金属音が響く。

 勇者の剣がデュラハンの小手をきっちりとらえて押し返してくれてる。

 そして何本もの剣や斧、鎌、槍、弓の弦までが勇者の剣に重なって見えてきた。


 ゆっくりだけど分かってきた。

 オレとデュラハンの間に僧侶の青い防御の壁、一緒にインキュバスさんの気配も感じる。そっか、夢の中、頭の中に入れるんだっけ。


 ゴーストさんやガイコツさん、煙のミスティさんも見えてきた。姿を消せるみんなが、それぞれの武器をデュラハンに向けて全力で押し返してくれてる。

 やっぱりドットちゃんだ、そばに待機させてくれてたんだ。オレなんかよりずっと賢いじゃないか。

 体からデュラハンのスピアが少しずつ抜けていく、空っぽの鎧が離れていく。


「聖騎士、首は返せるものなら返したい! 気が済むなら魔王の首を取れ! もう大丈夫だ、お前はよくやったんだ、すまなかった、ごめんなさい! 一緒に酒を飲もう、遊びに行こう、ごめん! だから、だからもう薬草を離してくれ、返してくれ!」


 スピアがズルッと抜けた。

 ずっと痛くは無かった。魔法使いの気配もしてる、オレの体にピンク色の回復の魔方陣が張られ続けてる。


 目の前の、首の無い騎士の黒い鎧が光をまとって金色に変わっていく。空洞と隙間だらけだった鎧の中に体が出来ていってる。最後に顔が浮かび上がってきて、形になった。

 とても不安そうで困ってるみたいな、迷ってるみたいな顔だ。


「あの……本当ですよ、聖騎士さん。今はみんな仲良くしてて、王様も王妃様も王子様も、みんな幸せなんですよ」

「……しあわ……せ……」


「はい。平気です、大丈夫です。王子様も魔王様もみんな一緒に、みんな仲間だから聖騎士さんも一緒にいようって言ってます」

「……」


「だから、その目で見て下さい。ここに、ちゃんとみんないます。聖騎士さんの持ってる設定も全部引っくるめて大丈夫ですから、見て下さい」

「……そう、か……」


 よかった、オレの声が届いた。怖かった、まだ震えてるかも。

 ちゃんと説得になってるのか、意味がある言葉になってるのかも分からないぐらいまだ怖い、だけど聞いてくれたみたいだ。

 平気、大丈夫って魔王様も言ってたし。


 スピアが落ちた、みんなが武器を引いた。オレも根っこを引っ込め……あれ?


 根っこ、あれ? 根っこ、どこ?

 オレの根っこは?

 これ、どうなってるの?

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