4
「……あの魔王様、お出かけしませんか?」
「ん?」
「魔王様が会いに行くんです、みんなに」
「……」
「宿屋とか酒場とか村とか町とか、みんながいる所に行きませんか? それで魔王様が魔王だって知ってもらいましょう、絶対みんなと仲良くなれます! だってこんなに普通なんだもん!」
「……」
手のひらの上で叫ぶオレを撫でていた手が止まった。長いキラキラした銀髪で目元が隠れて表情が読めない。
そんなバカみたいな事できるかって怒ってるのかも知れない。もしそうならオレが一人でやろう。魔王様は優しいよって、オレがこの世界に広めてやる!
「……フフフッ……フハハッ! アハハハッ!」
「魔王様?」
「それならさー、僕がコイツが魔王様だよって言ってやる方がイイんじゃね?」
「え?」
いつの間にか勇者が後ろにいた。魔王様うるせーよって笑ってる。
「勇者が言ってんなら魔王だろって、みんな一発で信じてくれちゃう感じ?」
「そうじゃの、言葉の通じぬ者達にはワシが直接心に語りかけようかの」
僧侶もいた。魔王様が手に乗せたオレと目線を合わせてくれた。笑い過ぎたのか、月夜に灰色の瞳が潤んで光る。
「ぜんっぜん思い付かなかった! 考えた事も無かった! そうだな、そうしようか、一緒に行こう!」
「……はい!」
またまたまた泣きそうになって、こらえた。オレを、ただの薬草を一緒に連れて行ってくれるんだって。
ちょっと変な人だけど、こんな優しくしてくれる人が痛くて寂しくて辛い思いをする事は無いんだ。そんなの違う、もっと幸せになっちゃえばいいんだ。
またニコッと笑った魔王様がパチンと指を鳴らす。
昼、パッと青空が広がる。パチン、虹。
大きいの、小さいの、見渡す限りいっぱいの架かった。
「わあ本物! こんなに大きいの?! 透けてる、すごい可愛い!」
「フフッ、良かった。ドットは居るかな?」
「ひっ! は、はい、ここに!」
「こちらから呼び出すのは初めてだね? よろしく」
「は、はい?! よろしくお願い致します!」
「とりあえず一番近い宿屋に連れて行ってくれるかな? 俺と薬草と勇者と僧侶、大人数だけれど大丈夫かい?」
「はい! 大丈夫です!」
そっか、魔王様は出かけなかったから呼び出した事が無かったのか。ドットちゃん、見えないけど震えてる。分かる、震えちゃうよね。
パチッと、まばたき一つ。
オレ達は宿屋にいた。
食事をしているゴブリン一家、なんかゴロゴロしている金銀銅の宝箱達、隅のベッドでクウクウ寝てるフェニックスさん。
何かが突然現れても驚かない世界、それでも。
「ちーっす、毎度お馴染み勇者でーす! はーいスペシャルゲスト! こちら魔王様ですよー!」
「どうも皆さん初めまして、魔王です」
やっぱりみんなが腰を抜かして驚いた。
騒がれたり逃げられたりする前に説明しなきゃ、第一印象を大切に!
「あのね! 聞いて! 魔王様はずっとこんな感じなんだよ、食べられたりしないし、消されたりしない、すっごく優しいんだよ! お仕事中はすごい大きくてカッコいいの! 普段は普通なの!」
ただの薬草が魔王様の肩に乗って喋ってる、それだけでも凄い説得力だったらしい。オレを見てキョトンとしてたみんなが顔を見合せてる、もう一押しだ!
と、思ったら、宿屋のオジサンがようこそって魔王様にお酒のグラスを渡してくれた。
人間、優しい。
勇者と僧侶にもグラスを、オレにもくれるから根っこで受け取ろうとしたら、魔王様がお水を頼んでくれた。どうしよう、また泣いちゃいそう。
みんなでゴブリン一家とテーブルを囲んで、宝箱達とムダにゴロゴロして、勇者とニヤニヤしながらフェニックスさんを魔王様が起こしてみた。
「初めまして、魔王です」
「……初めまして、フェニックスです……ちょっと待ってよ……」
二度寝かと思ったら白目だ、不死鳥なのに驚き過ぎて死にかけてた。僧侶が回復してくれて本当に良かったよ。
そこからは、もうジャンジャンみんなに会いに行った。物語がスタートする王様のお城、アチコチに結構いっぱいある町も村も、海沿いの町にも山奥の村にも行った。
天の声はあの時負けてから来てない。都合がいい、時間は無限だ。
……うん、良かった良かった。これでみんな休憩中に魔王様の所に遊びに行くという選択肢が出来たんじゃないかな。
本当に良かったと思えるけど、これって、もうすぐオレの出番も終わるという事だ。
ちょっと寂しいかも知れない……いや、まだまだ会ってない人、モンスターがいるじゃないか。
オレと遊んでくれるゴーレムさん達は、最上級、上級、中級、下級、みんなで鬼ゴッコしてる真っ最中だった。
ちょうどいいと思ったんだけどな、コッソリ混ざって遊んでから銀髪のお兄さんの正体を明かしたら、ビックリし過ぎて全員の岩肌が崩れてしまった。
みんなでワイワイガヤガヤと壮大なパズルを組み立てて、笑った。
オレを乗せて飛んでくれたブルードラゴンさんも驚かせ過ぎちゃった。手加減無しに氷の息をブフーッと浴びた。
氷漬けの魔王様と肩に乗ったオレを、僧侶と炎系のみんなが燃えないように微調整を繰り返しながら溶かしてくれた。
勇者はゲラゲラ笑い転げてた。もうモチモチさせてやらないって決めたんだから。
魔王様はパチン、パチンとみんなに夜を見せてあげてた。昼と夜、虹と満月が忙しく入れ替わる。幸せな忙しさだ。
酒場では魔王城前、城内に待機する最上級のモンスター達に会った。やっぱりお酒が好きだった、予想当たった。
勇者が注目を集めてくれて、オレと僧侶が伝える。なんか上手く出来るようになってきた。
ブーッとお酒を吹いたり火を吹いたり雷が落ちたりするのは、魔王様が黒い壁とかニョロニョロで防いでくれる。
一通り終わって、みんなが抜かした腰を立て直す頃には魔王様と肩を組んでるヤツがいたり、お酒を飲ませようとしてるモンスターがいたり、オープニングの曲を歌ってる人間がいたりする。
その大騒ぎを、寝てるか起きてるか分からない僧侶の膝に勝手に乗って見てるオレ。
下手に混ざりに行って潰されちゃったら大変だ、せっかくこんなに楽しい世界なんだから。
「ドット、これで訳有りな者を除いた全員の所に行ったかな? 全員行ったね? ね?」
「いえ、まだ
まだいるんだ? オレもずっと一緒に人間やモンスターやアイテムに会ったけど誰だろう?
勇者がニヤニヤしながら魔王様を肘で突っついてる。
「もうさ、照れてないで行こうよー、ねえ?」
「照れている訳なかろう! なかろう!」
「じゃあ行こう、ドットちゃーん!」
「ちょっと待って、まだ待って待って待て」
魔王様が慌ててる。まだ魔王様と会いに行ってない人……んん? あ、一人分かった気がする。照れるような相手なのかな?
「ハイ! ちょっと待ったし行こうか魔王様!」
「ああもうまだダメ! 待てとお願いしているじゃないか!」
勇者がドットちゃんに行っちゃえ! と叫んでオレ達は転送された。
まばたき、目を開けると……カフェみたいな所で、魔法使いの女の子がお茶飲んでる。
ピンク色のモコモコした服を着てフワフワした感じ、いつも黒いワンピースだから雰囲気が違って可愛い。普通の女の子なんだな。
「ちーっす、なんか久しぶりーっす」
「勇者じゃん、なにしてんのー」
「魔王様と旅してんの」
「はあ? バッカじゃ……は?」
「こちらが魔王様でございますよ」
「え?」
いつもやる事やったら秒でいなくなるらしい魔法使い、魔王様の素顔を見た事が無かったみたいだ。
とりあえずガタッと立ち上がって固まった。そして魔王様も転送されてからずっと固まってる。見つめ合ったままピクリとも動かない魔法使いと魔王様。
勇者が目配せして肩を出してくる。
オレは察した、オレでも察した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます