3

 魔王様がフワッと黒い座面まで飛んだ。ジャンプ? なんかフワッてした、すごい。そこにオレをソッと置いて、隅っこに置いてあった巨大な杖に触れた。


 瞬間、ボワッと黒紫色の煙に巻かれて中から出てきたのは、この椅子がちょうどいいぐらいに巨大な老人だ。

 黒い三角の帽子を目までかぶって、黒いローブから出てるのはシワシワの手、黒く塗った長い鉤爪かぎづめ

 足は振り向いたら見えるのかな、見えそうだけどな、ちょっと腰が抜けて動けないや、オレにも腰あるんだな。


 銀色の髪と灰色の瞳だけはさっきと同じ、これが魔王様……ちょっとお水チビッた。


 すぐにまたボワッと元に戻ってくれた。

 オレがプルプルしちゃってるからかも、でもそれぐらいの迫力だった、すごい圧力だった、すごいブワッてなった。

 やっぱり本当に本当の魔王様なんだ、凄いな。恐くて、怖くて、でっかくて、カッコいい……!


「ああ?! ごめん、すまない、怖かったかい? ごめん、もうやらないから!」

「はい、いえ、あの、魔王様のお仕事を見せてもらえて嬉しいです」


「……可愛いな!」

「え?」


 ものすごくスリスリプニプニされた。なんだろう、これ……来てよかったのかな?

 そのままずっとモニモニされてる、可愛いって言われまくってる、可愛い? オレ草だよ?


 良い人、変な人、強くてカッコいい人……で、いいのかな?


「終わった? よっしゃオイデ薬草!」

「なあに? わあ」


 なんか変な気合いを入れてる勇者に賭けポーカーに混ぜられそうになってる気がする。オレから絞り取る気満々じゃないか。

 ルールを知らないし賭ける物もない、と勇気を振り絞って断った。言えたオレ、偉いと思う。


「では薬草が知っている遊び方、ババ抜きは分かるかな?」

「は、はい」


「えー? じゃ僕は薬草の引きたいな、時計回りにしようぜ」

「勇者は薬草に何をする気だ、この前のような手段を使うのならば殺す」


 物騒な事を言いながら、ずっとニコニコしてる魔王様。何も賭けないババ抜きに変えてくれたし、勇者の首に黒い半透明のニョロニョロした物をキュッと巻き付けて、ズルい事をしないように見張ってくれてる。

 それ怖いな、オレの中身もキュッてなった。なったけど、それはそれだ。


 ババ抜きは僧侶と二人で上がり続けて、何勝負も魔王様と勇者の一騎討ちになった。二人とも顔に出やすい、出過ぎるんだ。うふふってなる。


「くそー、なんでだ?」

「勇者は分かりやすい、しかし八勝八敗か」


「おま、魔王様の方が分かりやすいからな! 今日は特に!」

「何故だ、俺に何かしたのかい?」


「なんか楽しそうだよ? 薬草が来たのそんな嬉しいの?」

「ああ、嬉しいが、関係あるのかい?」


 ピコンッてテーブルの上でちょっと飛んじゃった、嬉しいって。

 聞き間違えたのかな、いや今ちゃんと言ってくれた……なんだこれ、夢か何か別の世界、異世界にでも飛ばされたのかな?


 勇者がお腹空いた薬草食べるとブイブイ騒ぎ出すと、ガイコツのメイドさんを呼んで分厚いステーキを用意してあげてる。

 何のお肉だろう、やっぱり人かな。お肉とか食べれない体でよかった。


「薬草は何か食べたい物は無いのかい? 普段はどうしているのかな?」

「えっと、お水です。油とかは詰まっちゃいます、熱い物は茹でられちゃいます」


「詰まる? 茹でられる? ……それは大変だ」

「す、すいません」


 オレには、キラキラしたガラスのお皿で綺麗なお水をくれた。ポテポテ歩いてお水がはねないようにソーッと、トプンと入る。

 魔王様がスプーンを持った。ビクッてしちゃったオレに、お水をすくって優しくかけてくれてる。なにそれ、そんなの初めて。


 なんか恥ずかしくて、根っこで縁に掴まってチャプンと半分潜りながら見上げてみた。ニコッとしてくれてる。

 ……なにこれ幸せ、なにここ天国? オレ本当はもう食べられたり握り潰されてるんじゃないのかな?


 ステーキと一緒に出されたワインを飲みながら、勇者が酔ってるのか素なのか、魔王様との他愛ない話でケタケタ笑ってる。

 僧侶は起きているのか寝ているのかも分からない、白い眉毛が長過ぎる。


 いつもこんな感じで過ごしてるのかな。

 知らなかった、想像もしてなかった。仲良くなる者同士じゃないよね。何がどうなって今こうなってるんだろう? 聞いてみようかな?


 オレがお水から出ると、いつの間にか真っ白なタオルが用意されてる。フカフカそう、柔らかそう、気持ちよさそう。


 えい。

 ポフッと飛び込んでみる。


 やっぱりフカフカで柔らかくて気持ちいい、魔王様がフワリとタオルの端っこをかけてくれた。

 包まれちゃった……幸せ過ぎる。


 なんか笑ってる魔王様は、ピカピカのツヤツヤになったオレを手のひらに乗せてバルコニーに出てくれた。遠くに王様のお城が見える、その城下町も、森も、もっと遠くにキラキラした海も一欠片だけ見えてる。


「すごい……すごくキレイです。この世界をこんなに高い所から見るの、初めて……」

「そうか。フフッ、ではこちらもお楽しみ下さい」


 魔王様が指をパチンと鳴らして一言、夜と呟いた。たったそれだけで真っ昼間の青空が一瞬で暗くなった。

 夜、星空、月、全部絵本でしか見た事ない、本当にあったんだ……夜だ!


「わあ、すごい! 本物だ! キレイ! なにこれ! ……あ、ごめんなさい、す、すごいです」

「フフッ、言葉なんて気にしなくて良い。俺の気分次第で変えてたから何年ぶりかな、夜にするのは」


「……気分次第? ですか?」

「うん。今日は薬草にプレゼントだ。薬草が来てくれた記念日だね。勇者を初めて引きずり込んだ日と、勇者が初めて僧侶を連れて来た日も夜にした。だから三回目になるかな」


 黒に散りばめられた星がきらめいて、大きな満月も明るい。元々オレは小さいのに、もっと小っちゃくなっちゃった気分。

 それぐらい夜空ってすごいのに、プレゼントだなんて……ていうか三回目がオレ?


 ただの薬草に、オレが来たからって記念日なの? ……やっぱり食べられちゃうのかな、冥土の土産ってやつじゃないのコレ。


「この世界はずっと昼だろう? だから天の声でも見れない夜空を友達にプレゼントするとか、なんとなく魔王らしいと思わないかい?」

「……うう」


「なんだ? どうしたどうした、何故に泣く?! 寒いかい?! お腹痛いとか?!」

「い、いえ、あの……うれじぐで……」


 お水を沢山くれたからポロポロ出ちゃうお水を魔王様がハンカチで拭いてくれた。なんかハンカチを持ってる事ですら胸がいっぱいになった。


 オレを友達って言ってくれてる、魔王様が。この世界のラスボスがオレの事を友達だって。


 ……お水が止まるまで待ってくれた魔王様と夜空の下で二人、すぐに捨てられるただの薬草の話をしてみる。

 他のアイテムやモンスター達、人間にも軽く見られてる事。それでもたまには優しいモンスターや人間もいる事。

 キレイな森や、不思議なダンジョン、色とりどりのお花畑、広い海や高い山もある事。勇者が歩いてるだけでオレを拾ってしまう事もある、と言ったら笑われた。そんなに変かな。


 オレから沢山お話しした。

 魔王様もお話ししてくれた。


 城に入った勇者達が何度もセーブポイントに戻されるのを見て、モンスター達は魔王は強い怖いと、休憩中も一目散に消えて近寄りもしない事。

 たまに対策バッチリな天の声に倒されると結構痛い事。

 その後でちょっと涙ぐみながら謝る勇者、慣れない回復術をかけまくってくれて老け込む僧侶が可哀想な事。


 そしてその逆、天の声がゲームを止めるかコンティニューするまで、倒してしまった勇者を笑いながら踏みつけなきゃいけない事。

 オレはもう泣いた。今度は何かがすごく悔しくて泣いた気がする。


「薬草は優しいな」

「……優しいのは」


 魔王様ですと言いたかったけどモチモチ撫でられて、その手が暖かくて、またまた泣い……てる場合じゃない、これは。

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