2

 五歩目で黒と紫の小石がジャリジャリしてる地面に変わった。ここから真上の青空までバッツンと切り取ったみたいに真っ黒くなってる。


 ニョーン、ニョーンと根っこで魔王城に一歩ずつ近付く。


 ゲーム中は大きな岩が沢山ゴロゴロ転がって勇者を潰しにくる場所だ。ちょっとかするだけでも当たった事になって、さっきのセーブポイントまでサクッと戻されるらしい。

 本当に大変だな、勇者。


 ニョーン、ニョーンからの十歩目、魔王城の入り口に着いた。シュルシュルと根っこを縮める。

 頑丈そうな黒光りする扉、真ん中にはドクロの飾りと何個かのアイテムをはめる窪みがある。


 せっかく来たのにアイテムが必要なのかと絶望しかけた、けど、扉の下に隙間発見。背が低くて良かった。

 ここから入れるのはオレかドットちゃんぐらいだろう。


 モチモチボディをペッタンコにして扉をスルンと抜ける。

 わあ魔王の城に入っちゃった、ちょっと感動……する間もなく振動、音? 目の前を大きいモノがすごい速さで通過した。


 ……かれたかと思った! 潰されたかと思った!

 思わずプスッと地面に根を張っちゃうぐらいの、なんか分からなくて怖いモノ。


 ハフヒーッとか変な声がオレから出た後、ナニかが去った方を向くとナニかが城壁の角を曲がった、確かにナニかがチラッと見えた。

 黒い髪の毛がついた……オシリ……?


 未知だ、なんだ今の。


 怖くて動けないから動かないでおく。ちょっとだけお水をチビッた。

 トトン、トコトン、とまた聞こえる。だんだん近付いてくる。トトン! トコトン! ドドン! ドゴドン! ドドン! ドッドッドッドッドッドッ! なにこれ、なにこれ。


 オシリが見えたのと逆方向の城壁の角から、黒くて首の無い馬が横滑りしながら飛び出して来た。なんか乗ってる。

 またすごい速さで通り過ぎて行った。馬のオシリとシッポだったのか。


 今度はちゃんと見えたし、思い出した。

 あのうるさい天の声が『ここはねー、城の周りをデュラハンが走り回ってるんですよー、当たると強制バトルでねー、もう、あー!』とアッサリ当たって苦戦していたのを。


 黒い首無し馬に乗っているのは、黒い首無し騎士のデュラハンだ。仕事熱心なんだな、休憩中でも走り回っているのか。あ、また来た。速いな。


 根っこを伸ばして入り口まで一歩で行こう。デュラハンに当たらない様に、長く高く、もうちょい高く、もうちょい……あれ? これ、もしかして。


 シュルシュルと根っこを遠慮なく伸ばしてみる。真っ直ぐ上へ、上へ、上へ。

 黒い雲にボフッと突っ込んで抜けた。真っ黒い空の中を上へ、まだ上へ、よしストップ。


 魔王城のてっぺん、着いちゃった。


 すっごくムダに尖った三角の屋根の上、教会の十字架をわざわざ逆さまにした物がついてる。魔王って趣味が悪いんだな。

 シュルリンと別の根っこを伸ばして逆十字架に掴まる。しっかりくっついてから、長く伸ばした方の根っこをシュルーッと縮めていく。

 帰りもデュラハンを避けよう、危ないから一気に城の外側まで出たほうがいいな。


 ……帰れるのかな? いや帰るよ、コッソリ覗いたらコッソリ帰る、多分それなら大丈夫。


 チュポンッと、やっと根っこが全部しまわれた。結構な時間がかかった。すごい高さまで来たんだな、雲抜けたし。


 さて、と短く安定した根っこでしっかり壁を掴みながら中に入れそうな窓とか隙間を探す。あった。


 魔王城、上から来たら超簡単。


 コウモリとかドクロとか変な柄のステンドグラスの窓がある。

 ちょっと触っただけで、ちょっと開いた。鍵とか掛けないタイプなのかな。隙間からスルリンと侵入、してみたものの床は遥か下みたいだ。

 ペッタンコにした体をモチッと戻して窓枠にムチッと座る、キョロキョロしてみる。


 うん、感覚的にお城の下がダンジョン、上は空洞、魔王がいる大広間すっごい天井高いよって感じかな。

 ふむふむ。とりあえず降りてみよう。


 床は見えない、途中に雲かかってるし。ツイーッと根っこを伸ばす。

 しばらくするとツンッと固い床らしき物に触った。それにしっかりくっついてシュルーッと根っこをしまいながら降りる。


 降りながら下を確認、雲を抜けて何かぼんやり見えてきた、長方形のテーブル? 人影? 嫌な予感がしてきた。


 オレが根っこを降ろしたのは、掴まっているのは、掴まっちゃいけない場所だったんじゃ……。


「……なにあれ?」

「……草かの?」

「……何か落ちてくるのか?」


 ……ヤバい、どういう状況なんだろう。


「薬草じゃね?」

「薬草じゃのう」

「草だね」


 勇者と僧侶と、なんか知らない黒い服の人、いる。

 床じゃなかった、テーブルの上だ、止まる? 戻る? でももう見られてるし、なんかトランプやってるの? 遊んでたの? 邪魔しちゃった?


 なんか、これ、あれ、コッソリ、ダメじゃん、どうしよう?!


 チュルリンッと根っこがしまわれた、勢いで全部しまっちゃった。テーブルの真ん中にポテリンと座る。三人の視線が痛い。


「……お、オレ、薬草」


「うん」

「うむ」

「うん」


「……薬草、です」


「うん」

「うむ」

「うん」


「ま、魔王がどんな人なのか、見てみたくて、あの、勝手に入って、あの……ごめんなさい……」


「お前、魔王様、呼び捨てにされてんじゃん、ウケる!」

「可愛いのう」

「どうやって入ったんだい? 凄くないか?! 一人で?!」


 勇者に言われて気付いた、そうだ魔王様だ、サマ。

 怖くて動けなくて僧侶に捕まった、おじいちゃんの手でモチモチされてる。勇者は笑い転げてる。

 この知らない黒服の人が、このキレイな銀髪の人が、灰色の目が真っ直ぐオレを見てる、この人がもしかして……。


 僧侶の手からその知らない人に渡った、モチモチされて、あ、なんか気持ちいい触り方してくれる人だ。

 横から勇者にもツンツンされてる。コイツ結構ウマイんすよ、とか余計なこと言わないで勇者、食べられたらどうしてくれるの。


 ……え、待って、食べられちゃったら喋れない、その前に説明、オレを説明しなきゃ、ただの不審者、不審なただの薬草で終わるのはちょっとイヤだ!


「あの、オレ、たまたま近くの洞窟でドロップして捨てられて、なんかせっかくだから魔王様を見てみたくなって、あの、根っこがすごい伸びるんです上から隙間から勝手に入りましたごめんなさい! ただの薬草ですからお構いなく!」


 もう勇者の手に回されてモチムニモチムニされながら、一生懸命話した。


「マジウケる」

「健気な奴よのう」

「俺だよ、俺! 俺が魔王だよ。どう? 見てみた感じ、どうだい?」


 やっぱりこのキレイな人が魔王様だった!

 うわ、本当に見れちゃった、こんな近くで……どうかと聞かれても素直に答えていいのかな、消されないかな……ああもう勇者、気持ちいいとか笑ってないでモッチモチするの止めて、頭が回らないよ。


「……そ、想像より」

「うん、うん」


「あの、若くてカッコよくて、なんか優しそうで、ふ、普通、みたいな」

「そうか、普通か! それは嬉しいな!」


 モチンッと勇者から魔王様がオレを奪って、白いほっぺたをムニッと押し付けてきた。予想外だ。

 スベスベ、なにこの人、ほっぺたツヤツヤ、なにこの魔王様、変な人かも。ただの薬草をこんな側に近付けて、オレが悪い薬草だったらどうするんだ。


 ……いや、良い人なのかな?


 勇者は城の近くでゲームが終わったから、そのまま賭けトランプをしに来たと。魔法使いの女の子はとっくの昔にお家に帰ってると。


「僧侶は勇者に連れて来られた、いつもの事だ。勝手に入ったなんて気にしないで良いんだよ?」

「……はい」


 固まるオレを同じ目線に持って、笑いながら教えてくれる魔王様。良い人かも知れない。


 そうだ、とオレを手のひらに乗せたまま、大広間の真ん中にデンと置いてある超巨大な金ピカ椅子の所に連れて行ってくれた。


「せっかくだし魔王を見せてあげよう。仕事中は少し違う、こんな感じなんだよ」

「……はい?」

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