RPG
もと
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1
『薬草だ! MPが5回復するぞ!』
宝箱を開けた勇者がオレを拾って捨てた。どこからともなく響く天の声。
『これさ、拾わなきゃ捨てれないのマジうぜえ』
……そんなこと言わないで、最初はキミだってオレを探してくれてたよ。
勇者達の後ろ姿が見えなくなると、天の声からはもうオレが落ちてる場所は見えない。
ピョンコと起きて、背中にくっついた砂を根っこでペソペソ払う。
天の声からは平面に見えているらしいけど、オレは結構厚みのあるモチモチボディの薬草。砂がくっ付きやすい。
ペッタンコになったり細くなったり、根っこを出したり引っ込めたり伸ばしたりも出来ちゃう。なにより食べればMPを5回復できる……けど。
やっぱり、ただの薬草だ。
全回復できる苦い薬草さんは持ち物に入れてもらえて、オレは捨てられる。当たり前か。
「薬草さん、キメラさんが倒されるので転送します」
「はい」
この世界を飛び回るドットちゃんが呼びに来た。ドットちゃんは超小さな体で指示も伝言も転送も、なんか難しい事を全部やってくれてる。
話をしてみたくても見えないし、もうどこかへ行ったみたい。やり甲斐のあるお仕事なんだろうな。
というか、こんな所でまだオレに出番があるの?
次はドロップアイテム、結構強いキメラさんを倒してオレが出るとか可哀想だな。チョコリンと座って転送されるのを待つ。また捨てられるのにな。
パチンとまばたき一つ。
ドロップ、ポテッと地面に落ちた。
『薬草だ! MPが5回復するぞ!』
『巨大なお肉だ! 体力が全回復するぞ!』
『濃い聖水だ! SPが100回復するぞ!』
巨大なお肉さんだけ勇者のポケットに入れられて、オレと濃い聖水さんは一回拾って捨てられた。もう別のドットちゃんがいる。
「濃い聖水さん、次は宝箱でーす」
「はーい」
「薬草さん、休憩でーす」
「はい」
お疲れさまです、と言ってみたけど聞こえたのか聞こえなかったのか、濃い聖水さんはオレなんか見えないみたいに転送されていった。多分もうドットちゃんもいない。
休憩か……根っこでパンパンしてウニュッと伸びてもう一度、はあ休憩ね、根っこをキュルンとしまう。
直接地面に座るのは落ち着く。草だし。
キョロキョロしてみれば、黒い洞窟だ。
勇者達はこの洞窟を抜けたら魔王城ダンジョンに入って最上階の魔王と戦う、だった。
何代か前の持ち主、ずっと喋り続けるタイプの天の声に『あーもう次は城っすよー、黒い洞窟っすよー、勝てると思いますー? いやもうちょい応援してくださいよー、まあまず城まで行けるかー、城ダンジョン抜けれるかーですよねー、対策としてはー』とか、めちゃくちゃ詳しい解説をされた事があった。
あれは本当にうるさかった。
天の返事も聞こえないのに一人でずっと喋ってた、なんだったんだろう。
でも、あの人間のお陰でこの世界のオープニングからエンディングまで一通り知れた。それは良かったと思う。じゃないとオレはこの黒い洞窟なんて知らないままだった。
だからこそオレが呼ばれる事はもう無い、ノンビリしよう。
ここから先は魔王を倒す直前の道のりだ。ただの薬草が出たらどんな悪口を浴びるか……想像しただけで枯れちゃいそう。
とりあえずポテンと座っておく。
散歩をしてるモンスターに会えるかも。
スライム系に見つかるのはイヤだな、来たら隠れよう。ネッチョンネチョリンになるイタズラをされる。
ゴーレムさんとか通らないかな。歌ったり踊ったり、オレを頭に乗せて王冠とか言いながら探検ごっこに連れて行ってくれる。
ドラゴンさんもいいな、飛べるし。聖なる湖とか火の山とかを空から見るのも楽しい。
……待ってると誰も来ないんだよな、こういう時って。いや、こんな所にオレと遊んでくれる下級モンスターさん達は来ないか。
魔王城前の洞窟なんて、こんな所で休憩するのは初めてだ。
『クソが!』
天の声が叫んだ。
ちょっとビックリした、ちょっとプルッて飛んだ、ちょっとお水チビった。
負けたのかな? アイテムとか武器とか装備とか、なんか色々と勇者に準備させないと難しいんだっけ。
フツッと辺りが暗くなった。電源を切られたのか。
一回負けたぐらいで止めるんだ? ずっと文句ばっかり言ってるし怒ってるし、今の天の声は『RPG』に向いてないと思う。
すぐに周りが明るくなった。岩壁や地面みたいな動かない物達が光ってくれて、ゲーム中よりキラキラしていく。
……どうしようかな?
別に何もしなくていいんだけど、なんかしてみようかな。
とりあえず白い根っこを伸ばしてみる。人間の足みたいに二本だけ長くしてみる。
ポテポテ歩く。
ふむ。
勇者達が進んだ先も、今は奥まで明るく照らされて階段が見えてる。もう出口がすぐそこなのかな?
ポテポテ歩く。
今はゲーム全体が休憩中だし、そもそもオレは草だから倒す倒されるの物騒な輪にも入ってない。荒っぽいモンスターとかウロついてないといいな。
ポテポテッと歩く。
せっかくここまで来たなら……魔王、見てみたいな。どんな感じなんだろう?
ポテポテ、ポテテッと走ってみる。
精神的に枯れそうになったり痛いと思う事はあるけど、特に疲れたりしない。行ってみよう。
万が一、消えちゃうような事があってもすぐに新しい体が出来て、新しい意識を持った代わりが作られる。
ポテテテテッとダッシュ。
よく一緒になるただの聖水がそうだ。
魔法使いに全部こぼされて小さな子供みたいな、新しい聖水になって帰ってきた。
前の聖水……可哀想だったな。イヤな感じのアイテムだったけど消えちゃうって怖かっただろうなって。
走るの、楽しい。
ちょっと怖い事を考えちゃっても空気を切ってるみたいで気持ちいい。もう少し根っこを伸ばしてみる。
一歩が長く、もう少し長く、速い、速くて楽しい。
もう階段の下まで来ちゃった。
見上げると地上面だ、青空だ。
根っこをピョイと伸ばして一歩で階段の一番上までのぼる。
パカッと視界が開けた、外だ。
赤い花、白い花、黄色い花、岩、見上げる大木の幹。
振り向くとそこには魔王城。
穏やかな風景がパツンと切れて、真っ黒な地面に真っ黒な空と、見上げても先っぽが暗い雲に巻かれてて見えない。これが魔王城。
こんなに近くで見るの初めてだ、ドキドキする。オレの何がドキドキしてるんだろう。心臓かな? あるのかな、心臓。
長く伸ばした根っこなら十歩ぐらいで着きそう、とりあえずニョーンと踏み出す。
それにしても誰もいない、みんな酒場に行ったのかな。
魔王城を守るモンスター達だ、何となくガラが悪くてお酒が好きそう。
さっき勇者が通ったんなら倒されちゃったのかな。
根っこをニョーンと、また一歩。
モンスター達は倒されるとドットちゃんに言っておいた場所に送ってもらえる。
オレは食べられ過ぎて動けなくなったら最初の村に戻るようになってる。生えてくるまでジッとしておくだけだし、どこに行っても変わらない。
ゴーレムさん達は転送先をお風呂にしてるって言ってた。
オレを乗せてくれたドラゴンさんはモンスター用の雑貨屋さん、痛い思いをした後は小さくて可愛い物で癒されたいって。
根っこをニョーン。
ドロップとか宝箱のお仕事が無い時はゲームの邪魔をしないように過ごす。電源が切られてしまえば好きな所へ好きなように行ける。
運良くドットちゃんを見付けられたら転送も使える。
この辺にいたはずのモンスター達も好きな所に行ったのかな。オレ、結構洞窟でのんびりしてたしな。
四歩目でセーブポイントの小さな泉を越えた。確かここが魔王城に入る前の最後のポイントだった。城に入っちゃうと魔王に挑む直前しかセーブ出来ないって言ってたな。
城の中で負けたらこんな所まで戻されるとか、勇者って大変だな。
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