第4話 お披露目

「それでは新製品を発表致します!」


明るい男性の声がマイクを通して会場に響く。どうやら披露会が始まったらしい。人が多いし、ステージが遠くて新製品は見えないが、歓声が上がっているのでどうやらもうお披露目されたらしい。


伊久いく!」


兄の声だ。振り返るとそこにはやはり兄がいて、顔に焦りが滲み出ていた。


「兄ちゃん」


「勝手にいなくならないで。心配するだろ」


伊久がはぐれたことに気づき、急いで探しに来たようだった。よく見ると前髪が少し乱れている。もしかして走り回っていたのだろうか。

というか母は…?


「ごめん…」


?」


しまった。兄のことに気を取られていて怜央れおと秘書の存在を忘れていた。


「うん、こちら兄です。…で、えっとこの方々はパーティーの関係者らしくて、さっきちょっとぶつかっちゃったの」


誰?と怪訝そうな顔をして兄が目で訴えかけてきていたので聞かれる前に急いで説明した。


「え、そうだったの?妹がご迷惑をおかけしてすみません」


「いえこちらこそ、僕の不注意だったので」


では…、と言って兄が伊久の手を掴む。慌てて伊久が怜央たちに会釈をすると、兄は披露会がされているであろうステージに足を向けた。


「ごめんなさい。兄ちゃん怒ってる?」


「怒ってないよ。でも急に居なくなったからちょっと心配した。」


こちらを振り返った兄の栗色の髪の毛がふわふわと揺れる。兄の手が伊久の頭をゆるく撫でた。


「何回も電話したんだから。…そういえば母さんも電話出ないな。伊久はここで待ってて。もう勝手に動かないでね」


いつも気がついたら居なくなっていて、探される側だった兄がこんなに頼もしいなんて。


「そのドレスの色見つけにくいから。赤にしとけばよかったのに」


「ごめん…」


人混みに消えた兄の背中に視線を送る。たくましくなったなあ。背も随分と高くなったし。急に成長するから本当に知らない人みたいだ。


兄はきっと母のように自由奔放な性格のまま大人になると思っていたけれど。杞憂だったみたいだ。


そして案の定自由な母は、多分ビュッフェでも食べてるんじゃないかと伊久は思う。パーティー会場に着いた時、テーブルの上に並べられた様々な料理を母がキラキラした目で見ていた。ローストビーフやカルパッチョ、パエリアにピザ。豪華な食事とさらにデザートまで種類が豊富だった。


伊久も料理食べたいと思ったけれど、兄に「動くな」と言われたので大人しく待っていることにした。




___ガシャン!!!



「キャーー!!!!!!」


え、何?なにか凄く大きな音がした。

慌てて辺りを見渡すと'何か'が伊久の方向に飛んできているのが見えた。


まずい、ぶつかる。

'何か'が伊久に当たるまでの一瞬、まわりがスローモーションのようになった。


あ、これ絶対当たるな。

兄が驚いた目でこちらを見ている。他の人達も皆こっちを見てるな。でもどうやってもけきれない。


__そう思ったときだった。


「伊久!!!」


伊久を庇うように'何か'と彼女の間に人が入ってきた。


誰…この黒髪の人……。

なんで名前を知っているのか。全然知らない人が急に出てきた。でも……、



どこかで聞いたことのある声だった。

見たことのある背中。

なんで?そんなはずはない。有り得ないことだ。

だってそれなら……


その人に'何か'がぶつかる直前、彼がこちらを振り返った。



あぁ、やっぱりそうだ。


「お、兄ちゃん…」


伊久がそう呟くとその人は深く頷いた。




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