第3話 パーティー

真剣に話を聞く兄の横顔が少し知らない人に見えた。


「やっと終わった。話長かったわね」


いやずっと寝てたでしょ、と伊久いくは呆れた顔をするが当の本人である母はあっけらかんとしていた。


ステージを照らしていたスポットライトの明かりが消えて、代わりに会場の照明がついた。会場がオレンジ色の温かい明かりで満たされる。

暗かった視界が急に明るくなって思わずパチパチと瞬きをした。


先程壇上に立っていた男性の話によると、次はついに新製品のお披露目にうつるらしい。新製品など全く興味なかったが、設立の経緯や売上の話に比べたらマシだ。今ならいくらでも聞ける。


「あっちに移動しないといけないんだよね」


新製品を披露するための別のステージがあるようなのでそちらに向かう。ステージとは言いつつも、同じ会場内に2つステージがあるというわけではなく、廊下を出て別のホールに移動しなければならない。


トンっと肩が何かにぶつかる。


「いたっ…」


さして痛くもなかったけれど、つい反射で声が漏れてしまった。


「おっと、ごめんなさい。大丈夫?」


ぶつかったのは同い年くらいの男の子だった。後ろに付き添いなのか綺麗な女の人が立っている。


「はい…大丈夫です」


私もよそ見してたので、と続ける伊久の顔を男の子がまじまじと眺めていた。


「え、何?」


「君も招待状もらったの?」


「『も』ってことはあなたも…?」


このパーティーに来ている人は皆、招待状を送られて来たのだろうか。会場に来ている人を見ると全員ドレスやスーツを身に纏っているが、綺麗なホテルにテンションの上がっている子供や外の様子をじっと見つめている子供など、こういう場に慣れていない様子の人はたくさんいる。


かく言う伊久もパーティーということで多少身なりに気を使って、淡い水色のドレスを着てきた。シフォン素材でふわっとしたシルエットになっている。

正直ドレスなんて着なくてもいいんじゃないかと思っていたけれど、この会場の様子を見たら、ルンルン気分でドレスを買いに行こうとはしゃいでいた母に礼を言いたい。


ドレスで来てよかった。普段着で来ていたら明らかに浮いてしまっていただろう。ドレスなんて全て同じに見えたけれど、「伊久の黒髪には水色が合うだろ!」と昔兄が言っていたからこれに決めた。


「僕は違うよ。僕たちはこのパーティーの関係者だからね」


違うんかい。よくよく見ると、身なりが他の人より整っている気がする。パーティーの関係者と言うくらいだからいい所のお坊ちゃんかもしれない。


「僕は尾藤怜央びとう れお。r.B会社取締役社長の一人息子だ。ちなみに彼女は社長秘書兼僕の付添い」


「よろしくお願い致します」


その言葉と共に差し出された名刺には"社長秘書"と印字されていた。


「あ、はい…こちらこそ」


御子息様に社長秘書。一般家庭で生まれ育った伊久とは縁遠い存在すぎて、開いた口がしばらく塞がらなかった。


そんな人たちが来るようなパーティーなんだ。

ただ招待状を貰ったからと気軽に足を運んできたが、自分たちのような人が来る場所ではなかったのではないか。


このパーティーも正直今のところつまらないだけだし、表面だけ着飾った窮屈なドレスを早く脱いでしまいたかった。










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