第2夜 やっぱり逃げた方がいい気がするよ。

「全く……近頃の若い男というのはどうも性に関心が無くていかんな……草食系男子というやつか?そんなんだから少子化が止まらんのではないか」


 縛られて若干あざになった手首を撫でていると、小夜子がとんでもない理論を披露していた。


 僕は思わず、


「……目が覚めたら縛られてて、犯されそうになってたら、誰でも拒否すると思いますけど」


 小夜子さよこは「そんな正論には屈しない」とでも言いたげな口調で、


「なんだなんだ。それじゃあ君はセ○クスしたくないのか?しかも相手は超絶美人だぞ?それを拒むなんて、さては女性関係でトラブルでも起こして、それがトラウマになっているな?」


「違います。もしそうだとしても僕には覚えが無いんですって。さっき聞いたでしょ?僕は誰だって。さっきからずっと思い出そうとしてるんですけど、一切思い出せないんですよ。記憶喪失なんです、僕は」


 そうまくし立てる。が、小夜子は全く動じずに、


「知ってる。だから冗談だ」


「そうですよ。僕は……え?」


 今なんて言った?


 知ってる?記憶喪失だってことを?


 小夜子は続ける。


「私が読み取ろうとしても読み取れん以上、本人が思い出せることはないだろうからな。正直、君を選ぶのは抵抗があったが、あの時はそうするしかなかったからな」


 と語る。


 僕は訳が分からず、


「え、え、どういうことですか?読み取れない?あの時はそうするしかなかったってどういういう」


 そこまで聞いたところで小夜子が言葉を遮るように、


「あーうるさいうるさい。順を追って説明するから、がっつくな。そういう時だけ肉食系になってもモテないぞ?」


 うるさい。少なくとも未だに下着姿にワイシャツの人間に言われたくはない。服を着ろ、服を。


 僕が心の中でそんなツッコミをしていると、小夜子が立ち上がり、部屋の奥からホワイトボードを引っ張り出してきて、僕の前に置く。そして、そこにでかでかと「霊能力」と殴り書いた。


 ちなみに、今いる部屋は先ほどの寝室ではなく、リビングと思わしき部屋だ。なんで思わしきっていう接頭語をつけるかというと、あまりにも独創的過ぎる部屋だからだ。


一応、食卓と思わしきテーブルと、椅子があって、僕が今座っているのがそこだ。それ以外には一対のソファーと低めのテーブルが確認できて、この二つを見てこの部屋をリビングと断定したんだけど、逆に言うと、それ以外の部分はリビングと呼ぶには到底ふさわしくない感じだった。


 部屋のあちこちには書籍が渦高く積み上がり、その上には脱いだままなのか、洗濯した後畳んでいないのか判別の難しい服が乱雑に積みあがっている。


 壁一面にはびっしりと多種多様な時計が専門店顔負けのラインナップを構成していて、その手前にある棚には「一体何に使うんですか?」というアイテムが、鉾の部屋の他の部分とは比べ物にならないくらい綺麗に陳列されている。水晶玉に、数珠に、タロットカードまである。一体何に使うんだろうか。


 そういえばさっき霊能探偵なんてことをのたまっていた気がする。冗談か、本人が勝手に思い込んでいるだけのちょっとした趣味みたいなものだと思っていたんだけど、もしかして、もしかするんだろうか。


 小夜子はそんな僕の疑問に答えるようにして、


「さっきも言った通り、私は霊能探偵……まあ、探偵の部分に関しては私が勝手に名乗っているだけで、表向きには霊能者を名乗っているわけなんだが、それはまあいいだろう。とにかく私は心霊やらそれにまつわることを調査して解決するということをやっていてな。先日もそんな調査をしていたんだが、そんな折、私の婚約者から電話がかかって来た。遂に見つけたと、な」


「見つけた……って何をですか?」


「標的を、だ。ここのところずっと追っている標的がいてな。その尻尾をつかんだというんだ。彼は霊能力は無いし、あんまり無理をするなと言ったんだが聞かなくてな。仕方なく場所だけ聞いて後から私も向かったんだ」


 小夜子はそこで唾を飲み込み、


「……そうしたら、意識を失って倒れている彼がいた。私は焦ったよ。抜かれたんじゃないかってね」


「抜かれた……って何を?」


 小夜子は即答で、


「魂をだ」


「魂……」


 魂を抜きとる。


 そんなことが出来るのだろうか。


 小夜子はさらに続ける。


「嫌な予感は的中した。彼の身体から魂は抜き取られていた。魂を抜かれた身体は、間もなくして、機能を停止する。そして、そうなってしまえば、もう一度魂を入れてももう、生き返ることはない。だけど、その死を止める手段が一つだけある。それは、」


 なんのことはない。


 ここまでくればもう結論は聞くまでもなかった。


 だって、さっき彼女は「入れるしかなかった」と言った。「選んでいる暇なんてなかった」とも言った。それはつまり、


「僕を、入れたんですね?その……婚約者さんの身体に」


 小夜子はくちぶえを鳴らし、


「正解だ。君、なかなか賢いじゃないか」


  小夜子は補足するようにして、


「つまりはそういうことだ。あの時はとにかく時間が無かった。抜き取られた魂がどうなっているかは分からないが、肉体が死んでしまえば蘇る可能性がゼロになってしまう。なんとか、違う魂でも入れてやらないと。そんなことを考えていたときに、視界に入ったのが君だったんだ」


 そう。


 分かってしまえば事は単純だ。


 要は脳死と心死の関係性に近いのではないだろうか。


 脳が死んでしまえば人間の身体は動かなくなる。が、脳が死んだ瞬間に心臓が死に絶えるわけではない。そこにはタイムラグがある。魂と肉体の関係はまさにそういうものなんじゃないだろうか。もっとも、これは彼女の説明を全て真に受ければ、の話ではあるけど。


 そもそも魂を抜くとか入れるとか、そんなことが出来ると言われて「なるほど」と納得するのはちょっと難しい。第一、魂なんてものが存在するのかも怪しいし。


 小夜子はホワイトボードに簡易的な棒人間と、人魂のようなものを並べて描き、


「魂と肉体ってのは一対の関係になっていてな。当たり前ではあるが、通常一つの肉体に魂は生涯で一つだけだ。だから……かは分からないが、」


そこまで言って、棒人間と人魂の間にでっかく「×」を描き、


「他の肉体に、他の魂を入れても拒絶反応が起きることがある」


「拒絶反応って……具体的にはどういうことが起きるんですか?」


「そうだな……私が知っている例だと、突然自然発火して焼失、なんてのがあるな」


「良く僕を入れましたね……」


 とんでもない話だ。つまり、即焼失して死ぬかもしれないのに肉体に入れたってのか、この人は。とんでもないな。やっぱり犯罪者なんじゃないのか?


 が、流石に小夜子もそこは気にしていたらしく、


「正直、悩んだよ。時間が無かったから実際には一分も無かったと思うけどな。見ず知らずの魂を、死ぬためだけに肉体に入れてもいいのかって。でも、あの時はそれ以外に方法が無かった。だから入れた。結果として、特に拒絶反応も起きずに今に至っているという訳だ。で、折角生き返ったわけだし、これはもう一発やるしかないと思ったわけだ」


 と、腰に手を当てていった。なんでそこで誇らしげに出来るのかがはなはだ謎だ。

 僕はため息をついて、


「……ちなみに、目を覚まさなかったらどうするつもりだったんですか?」


 小夜子はさらりと、


「ん?そのまま犯すつもりだったが?」


「変態だーーーーーーーー!!!!!!!!」


 結論。


 やっぱりこの人は変態です。全力で拒めば大丈夫だけど、寝込みを襲われないように気を付けないとな……普通性別逆じゃない?こういうのって。


 小夜子はパンと手を打って、


「さて。大体のことは説明したし、そろそろ行くか」


「行く?行くってどこに、」


 小夜子は晴れやかな笑顔で、


「決まっているだろう?仕事だ、仕事だ」


 そう言い切った。

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