遊びじゃない②
リラックス効果のあるBGMが流れている。店内はランチに来た客たちの会話により適度な雑音で満たされていた。豊富な品揃えで低価格、それでいて美味しいということもあり、この時間は大変盛況な店だ。
その名は『社員食堂』。
知る人ぞ知る『ウォーカー』社員のための人気店。
透哉はおしゃれに盛り付けられているパスタをちゅるちゅるしながら腹を満たしていた。
目の前には同じパスタに手をつけず、ふくれっ面のみりあがいる。
「なぁんで社食なのさ!?」
テーブルがガシャンと鳴った。雑音に紛れてみりあがテーブルを叩いた音には誰も気づかない。
「俺のおすすめの店」
「知ってるよ! 毎週来てるよ!」
「まあまあ。ほらパフェやるから」
「わぁい――って誤魔化されるかぁ!」
ごりごりのノリツッコミするな、こいつ。
「ランチデートって言ったらさあ! おしゃれなカフェとか! イタリアンなお店とか! 流行りのフレンチとか! もっとこういっぱいあるじゃん!? なぁあんでくたびれたスーツ着たくたびれた大人が集うお財布に優しい食堂をチョイスするの!」
「お財布に優しいから」
「女の子の夢には優しくない!」
相当期待していたらしく、みりあには珍しく
そんなに楽しみにしていたのなら、あまりぞんざいにするのも可哀想か。
「わかったわかった。後で一緒に街に行こう。たしか最近、デジタルアートのミュージアム出来ただろ? あれ行こうぜ」
「ほんとっ!? いくいく!」
ふくれっ面がころっと満面の笑顔に変わった。ちょっとちょろい気がする。将来大丈夫かなこいつ。
「そういうことだからとっとと食え」
まだ勤務時間が残っているけどそれは夜に消化すればいいだろう。いまはみりあを優先してあげよう。
「うんっ」
と元気よく返事してみりあは急いでパスタを食べ始めた。すでに完食している透哉は、店内をぼんやり眺めながら待っていることにする。
するととある人物と目が合った。スーツ姿の壮年の男性。こっちに来る。
「げっ」
「どうしたの透哉――げっ」
唸った透哉の視線を追った先にいる人物を見て、みりあも心底嫌そうな顔で唸った。
「これはこれは。
「お疲れ様です。
「……どもです」
挨拶されては無視するわけにもいかず、透哉とみりあは一応の礼儀として挨拶を返す。
要はチーター対策に従事する人だ。その役割を見ればチームCCとは仲間と言える。
だが透哉とみりあはこの男が嫌いだ。
「聞きましたよ。今月に特定したチーターの数が五百人を突破したらしいですね。いやはや素晴らしい成果ですね。
称賛の中にはあからさまな悪意が含まれていた。
この男はこう言いたいのだ。自分はこんなにも労力を割いて仕事をしているのに、お前たちは遊んでいるだけで評価されて楽でいいな、と。
知識を持たない透哉はシステムエンジニアというものがどれだけ大変なのかは確かにわからない。目の下に隈がある須郷の言う通り、本当に寝る暇もないのかもしれない。
だからと言って「遊び」の一言でこちらを軽んじるその感性は好きになれない。
プロゲーマーにとってゲームは遊びではない。プロゲーマーになるためにはそれ相応の努力が必要だ。決して楽ではない。
さらにそれを維持しながら生きていくためには、己の熱量のすべてを注ぎ込み、時には人生を賭ける覚悟が必要になる。
壁にぶつかって心折れそうになり、ゲーマーをやめようと思ったことなど数知れない。本当にプロになれるのかと、先の見えない恐怖に苛まれ続けながら、それでも絶対にプロゲーマーになるのだと自分を信じて実力を磨き続けてきた。
その軌跡は遊びなどでは断じてない。
「最近はチーターの数が明らかに増えてますからね。セキュリティ部門も大変でしょう」
「ええ、本当に。とはいえ『ソル』でチーターを蔓延らせてしまっているのは我々としてもお恥ずかしい限りです。あまつさえ、元チーターである君たちの力を借りねばならないなんて」
しんと店内が静まり返った。食堂内の喧騒が止まったわけではない。怒りのあまり聴覚が遮断されたのだ。
それは許し難い侮辱だった。
「ふざけないでっ!」
透哉が爆発するよりも先にみりあが叫んだ。突然の大声に今度こそ食堂は静まり返る。
「私がっ、私たちがどういう思いで頑張ってきたのかも知らないで勝手なこと言わないで! 私たちはそんなもの絶対に使ってない!」
「ではなぜ引退したんです? 本当にやってないのなら毅然としていればよかったでしょう。疑惑を向けられたのなら身の潔白を証明すればよかったではないですか。それなのに君たちはプロゲーマーを辞めた。この事実こそが君たちがチーター疑惑を認めた証拠でしょう」
「ちがっ……」
「まあ身の潔白を証明するなんて無理だったでしょうけどね。なんせ『ソル』サーバーには君たちがチートツールを使っていたことを示すログがしっかりと記録されていたのですから。これを覆すなんて出来ないと思いますがね」
「――っ」
透哉たちのチーター疑惑を確たるものにしたのは他ならぬ『ウォーカー』である。主張しても客観的な証拠を持ち出されたことで、透哉たちがいくら主張しても誰も信じてくれなかった。
世界王者クルトは、ストリーマーミリィはチーターだった。それが公然の事実となった。
「まったく……飛雛も何故このような者たちを雇い入れたのか理解に苦しむ」
みりあの頬を涙が伝った。
それを見て、怒りはとうに過ぎ去った。
拳が打ち出された。それは須郷の鼻先で止まり、拳圧が彼の前髪をなびかせる。
怯んだ須郷は一歩後ずさった。
「……大の男が女子高生を泣かせて楽しいですか?」
「な、なん――」
「みりあを泣かせて楽しいかって聞いてんだよ!」
須郷の胸倉を掴み上げて怒声を浴びせた。殴り飛ばしてやりたい気持ちでいっぱいだが、辛うじて冷静な理性が何とか一線を踏み留まらせていた。
「誰がなんと言おうと俺たちはそんなものは使ってない。それは俺たち自身がよくわかってる」
「だ、だからなんだというんです。ログには確実に――」
「そんなこと知るか。疑いなんていくらでもかけられる」
例えばサーバーにハッキングされてログを改竄された可能性。例えばバグがあってチートが使用された端末を誤検知した可能性。例えばログの解析結果に誤りがあった可能性。
例えば例えば例えば――。
可能性で疑い始めればそれこそキリがない。
来栖透哉も、星野みりあも、豊島雅楼も、そんなものは使っていない。
ならば誰かが使ったことにしたのだ。それを大衆に信じさせた。
ナズナに誘われて『ウォーカー』に来たのは、チーター撲滅だけが目的じゃない。
悪意を持った奴がどこかにいる。その確信がある。
「俺たちを貶めた奴を見つけて必ず落とし前をつけさせる」
「は、ははは、何を言うかと思えばっ。できるわけないでしょう。この後に及んでも認めないとは往生際が悪いのではないですか? ああ、そもそもそんな小賢しい考えだから――」
「いくぞ、みりあ」
もうこいつと話をする価値なんてない。透哉はぼろぼろと涙を流すみりあの手を引いて食堂を出ていった。
今のやり取りは他の社員も見ていたため、非難の視線が須郷に突き刺さる。
「……ちっ、いい気になりやがって」
食堂を出ていく透哉の背中を睨みつけ、不快感を露わに須郷は舌を打った。
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