チームCC⑥


 戦場はオフィスビル一階。エントランスホール。三階まで吹き抜けになっている開けた空間に無数の銃撃音が鳴り響く。



「前に出過ぎるな! 突出したやつからやられるぞ! 被弾を最小限に抑えることを最優先にしろ!」



 三階から撃ち降ろされる追尾弾ホーミングを支柱に張り付いてやり過ごしながら、ガロはプレイヤーたちに指示を飛ばす。


 チーターのアルファとガンマは三階から一階にいるガロたちを狙っている。流石に人数差があるため突っ込んでくることはなく、それなりに遮蔽物を使いながらの射撃を繰り返していた。


 ガロたちも同じように遮蔽物に身を隠しながら、戦線を押し上げようと応戦。しかし安易に動けば一瞬で溶かされる恐れがあるため遅々として進まなかった。


 南と北のプレイヤーと合流したことでこちらの現戦力は十人。通常ならチーター相手でも攻勢に出られる人数差だが、このオフィスビル内ではそうもいかない。仮に【ホッパー】で三階に上がろうものなら一瞬でアバター爆散の末路を辿ることになる。


 二階にある二つのリスポーンサークルがその証拠。気が急いてガロの指示に従わなかったプレイヤーが特攻して返り討ちにあった結果だ。


 その光景のおかげと言っていいのか、今は全員がガロの指示に従って動いている。



「移動するときは必ず味方の援護が受けられる位置を意識して動け。チーターが顔を出したらターゲットになっていないやつらで一斉に狙い撃て。当たらなくてもいい。撃たせないことに集中しろ。ターゲットになったやつはすぐに射線を切れ。追尾弾ホーミングの弾道も考慮しろ。そこ! 頭引っこめろ!」



 叫びは間に合わず、不用意に顔を出したプレイヤーが頭を撃ち抜かれた。幸い、やられはしなかったが一気に瀕死に追い込まれてしまっていた。



「チャーンス!」



 何がチャンスなのか。驚くべきことにガンマは高所の優位を捨てて吹き抜けに身を投げ出した。どうやら瀕死に追い込まれたプレイヤーを潰そうとしているらしい。


 むしろこちら側にとってのチャンスだ。



「全員撃て!」



 ガロの号令と共に飛び降りたガンマへ十人分の銃弾が殺到する。


 流石に危機を察知したのか、ガンマは【ホッパー】が同時に展開できる最大数の四つを展開。それを利用したジグザク機動と二枚の【シールド】を駆使して、致死量を超えるダメージを受けながらも三階に舞い戻っていった。


 あれだけ被弾して落ちなかったということは、ガンマは【バイタル強化】か【アーマー強化】を二つ装備している。


 すでに割れている【ホッパー】と【シールド】二つを含めると、これで全オプションが判明したことになる。


 知覚外の狙撃による一撃死を避けるために大体のチーターは防御寄りの構成を好む傾向がある。ならばもう一方のチーターであるアルファも同じような構成だろう。


 そのアルファはガンマのカバーに入るために顔を出していた。


 ならばとガロはスナイパーライフル【イタクァM7】に持ち替えて眉間を狙撃。ヘッドショットは決まったが【シールド】で減衰された。


 だがそれなりのダメージは与えている。回復のためしばらくは撃ってこないだろう。


 どちらも落とせなかったのは痛いが、今の状況も好機に変わりはない。



「前線を押し上げろ!」



 九○秒のクールタイムを終えた【ウォール】を展開。突入時に使用したように【ウォール】同士を繋ぎ合わせることで二階に届く高さを得た。



 各々【ホッパー】や【ワイヤー】を使って一階から二階へ移動。すぐに散開して戦線を構築する。


 九○秒後、もう一度同じことをすれば三階に辿り着く。そうなれば全十二人での乱戦に持ち込める。プレイヤー側はいくらか被害を出しながらも最終的にはチーターを倒せるだろう。


 勝てる。プレイヤーたちはそう思った。


 次の瞬間、その希望は打ち砕く轟音が破裂する。


 支柱に身を潜めていたプレイヤーが支柱ごとアバターを爆散させた。


 その銃声を聞いたプレイヤーたちは有り得ない現象に戦慄する。



「アンチマテリアルライフル!?」



 『ソル』に実装されている遮蔽物ごとプレイヤーに攻撃できる唯一の高火力武器。


 アンチマテリアルライフル【アンガーバンカー】。標準ダメージが一二○。ヘッドショットなら一撃で敵を倒せる。


 だがその高威力と引き換えにウエポンスロットを三つ消費する上に手に持つとAGIが五○下がるデメリットがある。装弾数も一でリロードも遅い。ライフルではあるがスコープを装備できないため、実質有効射程は一○○メートル前後。


 あまりに使い勝手が悪く、近接武器と同じくロマン武器として名高い。



「バカな!? あいつら全員アサルトライフルを装備してたはずだろ!?」



 ウエポンスロットは三つまで。他の武器を持つとアンチマテリアルライフルは持てない。ミリィのように【ウエポンスロット拡張】を装備すれば可能だが装備できる枠は残っていないはずだ。


 チーターがルール外の現象を起こしたのなら、考えられることは一つ。



「チッ、武器調達サプライヤーか。あいつ、ゲーム外から武器を持って来やがった」



 忌々しげに舌を打つガロ。本来ウエポンスロットの装備はゲーム開始前に決定し、ゲーム開始後はキルした敵が落とした武器からしか変更ができない。


 だがアルファはチートツールを使ってゲーム外からアンチマテリアルライフルを調達したのだ。


 それは実質『ソル』に実装されているあらゆる武器を使用できるということに他ならない。


 ゲームバランスを著しく破壊する行為。


 嗚呼、これだから卑怯者チーターってやつは心底許せない。


 こんなやつらがいるせいで奪われるやつが出てきてしまうのだ。根拠のない疑惑で濡れ衣を着せられて、必死に培ってきたものを否定されて、この世界で居場所を失う。


 自分はともかく、クルトも、ミリィも、素晴らしいプレイヤーなのに。


 くそったれな悪意と卑怯者の存在が二人から陽の目を奪った。自分も奪われた。


 頭に血が上っていくのを自覚した。



「……ぶっ殺してやる」


「ガロ、落ち着けって」


「キレると言葉遣い乱暴になるの直したほうがいいよ?」



 ボイスチャット。それはクルトとミリィからのものだった。


 三階で爆発。アルファとガンマが潜む場所に複数のグレネードが投げ込まれて一斉に爆発した音だった。


 深呼吸を一つ。熱くなっていた頭が急速に冷えていく。



「すまん」


「いいさいいさ。俺たちチームだろ?」


「そだよー。チームは助け合うのが当たり前でしょ?」


「ああ、そうだな」



 三人は声だけで笑い合う。


 そうだ。奪われはしたが、いまは二人がいる。チームCCという仲間がある。


 ここは奪われたくない。奪わせない。自分たちのように奪われる者を減らすため、共に戦う戦友を守るのがこの身の役割だ。



「あっちのチーターは【バイタル強化】と【アーマー強化】のどれかを二つ。それと【ホッパー】と【シールド】二つを装備している。もう片方もおそらく同じだろう。その他に武器調達サプライヤーを使ってるのも確認した」


「ああ、アンチマテリアルライフルの銃声が聞こえたのはそういうことか」



 手短に情報を渡し、受け取ったクルトも平然と頷く。



「もしかしたら他のチートも隠してるかもしれない。やれるか?」


「誰に言ってんだよ」



 【籠手】を装備しながらクルトは不敵な笑みを浮かべた。愚問だったな、とガロは失笑する。


 幻とはいえ、世界一のプレイヤーであるクルトがチートに頼らなければ戦えない卑怯者に劣るわけもない。


 ましてや――



「じゃあいつも通り私が突っ込むね。ガロは援護よろしく。あ、【ウォール】ある?」



 白兵戦に関してセンスの塊であるミリィがいて。



「ない。クールタイムがあと一分残ってる」


「そっか、じゃあなしでいいや」



 コーチャーとして得た豊富な知識と判断能力を有するガロがいる。


 この三人なら勝てる。根拠もなくそう思えるのだ。



「俺が【ホッパー】出すから使え。そうすれば二つ装備してるお前は八つの足場全部使えるだろ」


「うん、ありがと」



 クルトはミリィと自身の分の【ホッパー】を展開。ミリィは【大槌】を装備して攻撃体勢に入る。


 ガロはグレネードを放り投げる。ダメージが入らなくてもいい。爆煙で視界を狭め、足音を搔き消すことができればそれでいい。



「――いけ」



 グレネードが爆発するその瞬間、ガロのGOサインと同時にクルトとミリィは跳躍した。



「今のうちに全員上がってこい! 散開して二人のカバーに入れ!」



 決着まで十秒もかからない。


 吹き抜けを飛び越えてミリィが先に向かいの通路に着地。チーターは彼女の姿を認知し、銃口を向けた。距離にして二○メートル。ミリィが一方的に攻撃を受けてしまう間合い。


 ミリィはその小柄な身体を【大槌】の影に隠した。アサルトライフルの追尾弾ホーミングは破壊不能オブジェクトである【大槌】に全て弾かれ、【アンガーバンカー】による強烈な射撃は【大槌】ごとミリィを吹き飛ばすノックバック


 晒け出されたミリィの身体に食らいつこうと追尾弾ホーミングが殺到する。常人であれば絶対不可避。


 だが近接武器のみで上位プレイヤーに食い込んだミリィの真価を、この場にいたプレイヤーは目撃することになった。


 足元と左肩前方に【ホッパー】を二つ展開。足元の【ホッパー】を踏み、身体を捻りながらその場で前方宙返り。宙に浮いた状態でもう一つの【ホッパー】を蹴りつける。回転の機動が変わって今度は後方宙返り。


 一度の跳躍で前方宙返りと後方宙返りを同時に実行するという荒技。


 さらに猟犬の如く獲物に食らいつく追尾弾ホーミングその全てを紙一重で躱し切るという神業を成し遂げる。



「なっ!?」


「あいつもチート使ってやがるぞ!」



 チーター二人が驚愕を叫んだ。


 この二人のように彼女の体捌きをチートだと勘違いした者は何人もいる。それがチート疑惑を生んでしまったのは事実。



「お前らとミリィを一緒にするな」



 ミリィを侮辱したチーターをクルトの双眸が睨む。【インビジブル】と【キャットウォーク】で二人の背後を取っていた。


 クルトとガロは知っている。これはチートなどではない。ミリィが持つ純然たる技術。


 これこそがストリーマーミリィの実力だ。



「いつの間にっ!?」



 悠長に驚きを叫んでいるガンマの顔面に裏拳を叩き込む。ダメージとノックバックが発生。腕を掴み上げると同時に足払い。浮いた身体を一本背負いで頭から地面に叩きつける。痛みもダメージもないが、その衝撃で手放したアサルトライフルを吹き抜けに蹴り落とした。


 手を離れた武器は五秒後にはストレージに戻るが、逆にいえば五秒間その武器の使用を封じることができるということだ。



「っのやろうっ!」



 アルファの持つアンチマテリアルライフルがクルトを覗く。


 だが引き金が引かれるより早くクルトが銃身を掴んで目一杯引き寄せる。前につんのめったアルファの間抜け面を掌底で撃ち抜いた。ノックバックで仰け反っている隙に連撃。アーマーを砕く。



「クルト! 後ろ!」



 ミリィの警告。ガンマが先ほど落とした武器とは異なるアサルトライフルを手にしていた。



「死ねやぁっ!」



 引き金が引かれる。同時にクルトはそのアサルトライフルの銃口を【籠手】を装備した右手で塞ぐ。


 全ての武器は破壊不能オブジェクト。武器である【籠手】で銃口を塞いでしまえば、弾丸は絶対に標的に届かない。



「なんなんだよふざけんなよ! クソゲーじゃねかよ! イラつかせんじゃねぇ――がぁっ!?」



 ガロの狙撃が癇癪かんしゃくを起こしたガンマを黙らせた。アーマーが砕ける音が響く。


 さっき投げ飛ばしたときに吹き抜けの向こうから射線が通る場所に移動させられていることに気づいていなかったらしい。Aランク帯であるまじき射線管理の甘さ。



「があああああああああっ!」



 絶叫しながらガンマが殴りかかってくる。【籠手】を装備していない限り殴打によるダメージは発生しない。怒りのあまりそんな基本すら忘れてしまっているようだ。


 あるいはチーターだからそんなルールすら知らないのかもしれない。


 拳を受け流して腹部に肘鉄。くの字に折れて下がった顔面に膝蹴り。足を払い、脇腹に回し蹴り。床を転がるガンマの身体に【ワイヤー】を突き刺した。



「イラついてんのは俺たちなんだよ」



 【ワイヤー】で引き寄せられるガンマに前蹴り。アバターが爆散。


 残ったアルファがアサルトライフルに持ち替えている。クルトは動こうともしなかった。


 代わりに嘲笑う。



「チート使って負けるとかだせぇなお前ら」


「クソがあああああああー―――――――っ!」



 そんな安い挑発に憤慨したアルファは。



「せいっ!」



 呆気なくミリィの【大槌】に粉砕された。



「戦術もない、戦略もない、駆け引きもない、プレイスキルもない、あるのは他人が作ったルール無視のプログラムだけ」



 チーターは全滅した。


 大歓声。雄叫び。一緒に戦ったプレイヤーたちから賞賛が飛び交う。



「プロゲーマー舐めんな」

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