チームCC⑤


 市街地で最も優位な位置から、眼下の街並みを見下ろす三つの人影。


 その内の一人の男が苛立ち紛れに舌打ちをした。



「とっとと顔出せよ。ったくたりぃな」



 男の目には壁透視ウォールハックの効果によって建物に隠れているプレイヤーたちの姿が赤く見えていた。


 ポイントになる獲物が目の前にうじゃうじゃといるのに、一向にキルを取るチャンスが訪れないため苛立ちが募っている。



「あだっ!?」



 前のめりになりすぎ地上を覗き込んだ時に一発だけヘッドショットを喰らってしまった。



「はははっ、アルファだっせぇっ」


「うっせぇぞガンマ!」



 被弾を笑う味方に悪態を返した。ダメージとしてはたいしたことはない。『ソル』のアーマーは全損さえしなければ、三秒に一回復する。膠着状態なら多少ダメージを受けても回復アイテムを使用する必要すらない。


 だがチマチマと攻撃されるこの現状が煩わしいことに変わりはない。



「けど確かにこれだりぃな。ベータどうする? もういっそのこと潰しにいかね?」



 『ソル』の匿名機能によって自動で割り振られた名前を呼び合い、これからの方針を尋ねる。


 本来はストリーマーや配信者をネットの悪意から守るための機能も、今はチーター隠れ蓑に使われていた。



「十七人相手にか? さすがにやられるだろ」


「確かになぁ。半分は削れる自信あるけど、まあそこ止まりだよなぁ」


「マテリアルライフル装備してくりゃ良かったな。そしたら壁越しに殺したい放題だったのによ」


「でもあれ装備スロット三つ使っちまうぜ? 他の武器持てなくなるから装備する奴そうそういねぇだろ」


「撃ちゃ当たるんだからそんなもんなくてもどうにでもなるだろ。普通に殲滅してキルポ稼ごうぜ」


「だなっ!」



 多数のチームに包囲されている状況で三人は緊張感もなく笑い合う。この大軍に敗けることなど微塵も考えていなかった。


 そのときベータが周囲の様子が変わったことに気づいた。



「何してんだあいつら?」



 壁透視ウォールハックで見ると自分たちを中心にちょうど東西南北に位置するビルにチームが移動している。北側に九人、東と西にそれぞれ四人、南に三人。明らかに北のビルに配置が偏っている。



「さあ? ってかいつの間にかまた人数増えてるし」


「別に何でもいいじゃん。ポイント増えりゃさ」


「北側はエントランスがあるから、数に物言わせて突っ込んで来る気じゃね? 撃ち下ろしてやろうぜっ」



 膠着状態に退屈していたアルファは嬉々として獲物が多い北側のビルに銃口を向けた。



「なっ!?」



 だが響いたのは驚愕の声。



「やべぇぞ! こっち手伝ってくれ!」



 銃撃を開始しながらアルファは叫ぶ。それを聞いたベータとガンマは億劫そうにしながらも、とりあえず言われた通りにアルファの元に駆け寄ってその視線を追った。


 目を疑う光景がそこにあった。



「あいつら、【ウォール】でトンネル作ってやがる!」



 北側のビルからオプション【ウォール】による壁が大通りを跨いでこのビルまで伸びていた。


 【ウォール】は耐久値六〇〇、横一〇メートル高さ二メートルの壁を発生させるオプションだ。通常は開けた場所に遮蔽物を作るために用いられる。


 しかし複数のプレイヤーが協力し合って【ウォール】に【ウォール】を繋いで即席のトンネルを作成していた。


 【ウォール】オプションは装備コストが二あり、九十秒のクールタイムもあるため一チームでは絶対にトンネルは実現できない。


 複数のチームがチーターを打倒するために協力したからこそ出来る芸当だ。



「クソがっ」



 チーター三人は【ウォール】を撃ち下ろすが、耐久値六〇〇の壁はそう簡単に破壊できない。


 破壊に手間取っている隙に北ビルのプレイヤーたちがオフィスビルに雪崩れ込む。



「チッ! アルファ、ガンマ! 下に潜り込んだ奴らをやって来い!」


「あいよーっ」


「全部やっちまっていいんだよな!?」



 予想外の方法でビルへの侵入を許してしまったが、撃ち合いになれば負けることなどありえない。


 大量ポイントの予感に二人は喜色満面に階段を駆け下りていった。


 一人屋上に残ったベータは他のビルに意識を向ける。


 しかしそれは少しばかり遅かった。


 【ソナー】の波動。使用者は南のビル。それと同時、東西のビルにいたプレイヤーが動き出した。【ホッパー】や【ワイヤー】を使用してビルの外側から登ってくる。


 戦力を分散させた隙を突かれた。


 東と西。一人では同時に対応できない。アルファとガンマを呼び戻すべきだったが、想定外の事態にベータは正常な判断ができなかった。


 ベータは条件反射的に自分に近い東側で身を乗り出した。


 すでに中腹まで差し掛かっている。



「死ねやおらぁっ」



 銃を乱射。追尾弾ホーミング自動照準オートエイムが狙いすら定めずに放たれた弾丸は獲物の頭を目掛けて吸い込まれるように飛翔する。


 だが、それはビルの外壁から生えてきた【ウォール】に阻まれた。



「クソがああっ!」



 うまくいかないことへの苛立ちからの叫び。


 意地になって【ウォール】を破壊しようと弾丸をばら撒く。マガジンが空になったとき、背後から足音。


 西側から登ってきたプレイヤーが屋上に辿り着いたのだ。



「こんにちは、チーターさん」



 赤髪の女が立っていた。手には【大槌】。


 FPSでコスト二もある【大槌】を使うのは、近接武器の威力に目が眩んだ初心者にありがちだ。


 つまりたいしたことはない。そう侮った。



「ばいばい」


「っ!?」



 【ホッパー】による真正面からの急接近。リロードのせいで一手遅れた。だが大丈夫。弾さえ撃てば目を瞑っていても当たる。初心者一人くらいどうってことない。


 そんな思惑が赤髪の女――ミリィに通じるはずもなく。


 【大槌】を盾に突貫。追尾弾ホーミングは銃口からミリィの頭部へ一直線に飛ぶ。その精度の高さが仇となり、全て【大槌】に阻まれた。



「そぉれ!」



 突貫の勢いそのままに【大槌】が叩きつけられる。アーマーを砕く音が響き、大きくノックバック。HP全損とはいかないまでも大打撃だった。


 やられっぱなしで堪るかとアサルトライフルがミリィへ火を噴いた。


 これは躱しきれないと悟ったミリィ。



「ごめんみんな! あとよろしく!」



 【シールド】を張りながら【ホッパー】もフル活用して退避を試みるが、無慈悲にも弾丸は全弾命中。


 【シールド】ごとミリィのアバターが爆散してリスポーンサークルに変わった。


 ミリィに遅れて屋上に到達した七人のプレイヤーが手負いのチーターに集中砲火を仕掛ける。



「ざっけんなよ雑魚どもがっ」



 チーターは異常な速度で移動して砲火から逃れた。ステータス強化ブーストによってAGIをシステム限界値まで上昇させたことによる高速機動。


 走りながらの銃乱射。狙いをつけることを必要としない弾丸は七人のプレイヤーを瞬く間に蹂躙していく。



「てめぇら何人集まっても勝てるわけねェんだよ! そんなこともわかんねぇのか馬鹿が!」



 銃声が鳴るたびにリスポーンサークルが増えていく。


 一対八という数的不利すらも跳ね返す己の力に酔いしれていた。



「馬鹿はお前だっつーの」



 ずっと背中を見せていた東側。上の方から男の声が降ってくる。ベータは反射的に振り向いたが、そこには誰もいなかった。


 いや、東側から登ってきていたプレイヤーがいるはず。あいつらはどうして参戦してこない。


 そんな疑問を持った瞬間、景色がひっくり返った。うつぶせに組み伏せられ、身動きが取れない。腕も押さえつけられて背中にいる人物に銃を向けられない。


 銃のスコープに男の姿が反射して映っていた。


 黒い髪。切れ長の瞳。黒と赤を基調にした軍服のようなものを着た男。



「お前らチーターに俺たちプレイヤーが勝てるわけないって言ったな。んなわけあるか」



 落ち着いているようで、冷たい怒りが滲んだ声音。それに気圧されて言われたことを理解するのが遅れた。



「勝つさ。俺たちは勝つ。お前らがどんな卑怯なことをしても、俺たちは必ずお前たちチーターを潰す」


「ああっ!? なにわけわかんねぇこと言ってんだ! 卑怯なのはてめぇらだろが! 一チームに寄ってたかってよぉっ! チーミングだろチーミング!」



 屋上に集ったプレイヤーたちはベータの勝手な主張に完全に呆れていた。自分の行動を棚に上げておきながら、他者を責めるその性根はあまりにも度し難い。



「利用規約くらいちゃんと読んどけ」


「はあっ!? 意味わか――」



 最後まで言わせず、【籠手】で頭部を殴りつけるとベータのアバターが爆散した。


 それによりアカウントのBANは完了。リスポーンサークルは現れず、ベータが持っていたアイテムが散乱する。


 歓声。チーターを倒したことで屋上に集まったプレイヤーたちの歓喜の雄叫びが市街地に響き渡る。


 チーターにとどめを刺したプレイヤー――クルトはそれを聞きながら、ミリィのリスポーンサークルの上に立った。


 五秒後、サークルがアイテムごと収縮してミリィのアバターが復活。



「やったねクルト!」


「おうっ」



 ハイタッチ。互いに笑みを湛えて勝利を分かち合う。



「クルト! 私頑張ったよね! 撫でて撫でて」


「はいはい」



 相も変わらずのミリィに苦笑しながら要求通りに頭を撫でてあげた。


 クルトの作戦ではミリィはほとんど囮役だった。近接特化のミリィは正面切っての勝負は非常に弱い。白兵戦の間合いまで近づけたなら話は別だが、壁透視ウォールハックで常に居場所がバレてしまう彼女はチーターと相性が特に良くない。


 ミリィの技量は相当高いためそれでもチーターを倒せる可能性はあった。事実やられはしたがチーターに大打撃を与えている。そのおかげでクルトは簡単に仕留めることができた。


 彼女を捨て駒にしたにも関わらず、ここまでの貢献をしてくれたのだから、それくらいのお願いは聞いてやってもいいだろう。



「ぬふふぅ~」



 幸せそうに目を細めるミリィ。



「……爆発しろ」



 そんなクルトとミリィを見ていた誰かが妬ましそうにボソリと呟いた。


 その瞬間、階下で爆発音が鳴り響く。クルトとミリィではなく、グレネードが爆発した音だ。


 ビルの下ではまだ戦いが続いている。


 クルトは気を取り直すために咳払いを一つ。



「さて、作戦通り屋上は取れた。残ったチーターを上下から挟み撃ちにするぞ!」


「「「「おおーっ!」」」」



 共通の敵を倒すためにプレイヤーたちは階段を駆け下りた。

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