チームCC④
市街地に到着した三人はすぐに銃声を聞きつけた。一つ二つではきかない。少なくとも十を超えている。複数のチームが戦闘を行っているという証だ。激戦区ということを考えれば別に不自然なことはない。
しかし通常とは少しばかり様子が違っていた。
パッと見える範囲だけでもリスポーンサークルが七つ。建物や物影からちらほらと見えるプレイヤーたちの銃口はどれも同じ建物に向けられていた。明らかに別チームのプレイヤーに対して射線が通っているのに、その建物に集中して撃とうとしない。
一人くらいならそのプレイヤーの視野狭窄で片付けられるが、同じような行動をしているプレイヤーが何人もいればおかしいと感じるのは当たり前だった。
「どう見る?」
建物に身を隠し、その様子を眺めていたクルトはガロに意見を求める。
「大規模なチーミングか、そうじゃないなら……」
ガロは攻撃が集中している建物を親指で指して。
「あそこにチーターがいるってことだろうな」
「だな」
クルトも同じ推測を立てていた。
市街地で一番高いオフィスビル。その屋上に三人のプレイヤーが見えた。自分たちを包囲するプレイヤーを撃ち下ろしている。
「あ、誰か来るよっ」
三人が身を隠している建物に一人のプレイヤーが近づいてきていた。オフィスビルの撃ち下ろしから逃れようと、鬼気迫る表情で大通りを駆け抜ける。
三人は武器を構えた。近づいてくるプレイヤーは少なからず被弾しているため、三人で囲めば一瞬で始末できる。
近づいてきたプレイヤーが扉を蹴破って飛び込んできた。即座にクルトとガロは銃口を向け、ミリィはいつでも飛びかかれるように重心を下げた。
「ちっくしょうあのチーターども!」
飛び込んできたプレイヤーは悪態を吐きながら回復アイテムを使用し始めた。だがすぐにクルトたちの存在に気づいて銃に持ち替える。
その悪態を聞いたクルトは手のひらを相手に見せてそれを制止した。
「攻撃する気は無い。早く回復しろ」
「……すまん、助かる!」
敵意がないことが伝わり、銃を下ろして回復を再開する。右頬にカエルの刺青がある男性プレイヤーだった。
「あのオフィスビルにチーターがいるのか?」
回復を待っている間、状況を聞き出すことにした。
「ああ。ここに集まったプレイヤーで協力してあいつらを潰そうとしてんだ」
「全部で何チームいる?」
「最初は十一チームいたけど、いまは九チームだ。けど欠けてるチームも多いから、人数で言うと十七人だな」
「だいぶやられちゃってるね」
ガロとミリィの顔にも不快感が滲み出ていた。
「あのオフィスビルは市街地で一番強い場所だからな。無理に攻めようとした奴らが片っ端から
「確かに……あのビル、正面エントランスと裏口からしか中に入れねぇし、そこに行くまで開けた大通りだから撃ち放題だもんな」
市街地は乱戦になる前提の設計をされているため、一般プレイヤーであれば別チームに気を取られている隙に突入することもそれほど難しくない。仮に気づかれて多少被弾したとしても、中に入ってしまえば回復してから屋上を目指すこともできる。
だがチーター相手だとビルに入る前にHPが溶かされてしまう。無理に攻めれば大通りで輝くリスポーンサークルのようになるから、周囲の建物から少しずつ削るしかない。
弾薬は無限でも回復物資には限りがある。大人数で包囲して持久戦に持ち込めばジリ貧になるのはチーターの方だ。物量で磨り潰すのは限りなく正解と言っていい。
だが余程の馬鹿じゃないかぎりチーターもいずれそれに気づく。そうなれば篭城戦をやめて包囲の薄いところから突破。そのまま一時離脱か各個撃破に動きを変えてくるだろう。
凶悪な敵にプレイヤーが一致団結して挑む。まるでレイド戦のようだと思った。
しかしそれは『ソル』本来の遊び方ではない。
「アンタたちも協力してくれないか?」
「もちろんだ」
即答。もともとそれがチームCCの仕事なのだから。
「さんきゅ。あ、俺はケロケロってんだ。よろしくっ」
「あはっ、可愛い名前だねっ」
「だろ? 【ホッパー】が得意だから空中戦なら任せてくれっ」
「すごーいっ。じゃあ頼りにしちゃうねっ!」
ミリィに
「アンタたちのプレイヤー名はなんていうんだ?」
「私はミリィだよっ。こっちはクルトとガロ」
「あ、おいっ」
クルトの咎める声にミリィは「しまった」という顔をした。
三人とも『ソル』界隈では有名人だ。良くも悪くも。そして公式記録から抹消されたとはいえ、世界二連覇したクルトの名を知らない者はほとんどいない。
「クルト……? クルトってあのクルト? 世界二連覇した〝暗殺者〟の? いやいやまさかな」
聞いた瞬間こそケロケロは困惑したが、そんなはずはないと
だからクルトはそれに合わせることにした。
「ああ、『ソル』をプレイし始めたときにその人の影響を受けてこのプレイヤー名にしたんだ。まあ、あの事件があったから快く思わないプレイヤーもいるだろうけど……」
自分で言っていて悔しさが込み上げてくる。
冤罪をかけられて、誰も話を聞いてくれなくて、そのことを好き勝手に言われて、誇りを踏み躙られて、積み上げたものを壊されて、自分を否定されても何もできなかった。
社会と同じように、きっとこの男もクルトを否定するのだろう。
ミリィとガロも似たような心情なのか表情を陰らせている。
ケロケロは少しだけ考え込むような素振りを見せて――。
「うーん、俺は、クルトはチートツールなんて使ってないと思ってるんだけどなぁ……」
そんなことを言った。
「俺も『ソル』をプレイして長いんだけどさ、チートを使ってるかどうかって何となくだけどわかるんだよ。それに立ち回りとか
その言葉は明らかにクルトを擁護してくれる声で。
「けど運営がチート検知した端末はクルトの端末だっていう話だし、実際クルトはプロ辞めちまったし……あの事件はぶっちゃけよくわかんないんだよなぁ」
まだ自分を信じようとしてくれる人がいるということの証しだった。
「そういえばガロとミリィってゲーマーもいたよな。最近見ない気がするけど。アンタたちもこのクルトと同じクチ?」
「そんなところだ」
「そうそうっ。あんな感じのイケてる女子に憧れてるのっ」
ガロは口元にわずかな笑みを湛え、ミリィは満面の笑みを浮かべ、彼の誤解に同調した。
「そっか。じゃあその名前に見合う活躍を期待させて頂きますかね。ほい、これグループチャットのコードな。ここに集まったチームと通話できるからここに参加しておいてくれ」
「ありがとう」
コードを教えてくれたこととは別の意味で、クルトは感謝を述べた。
もちろんケロケロにその意図が伝わることはなく。
「なんのなんの。こういうときこそ助け合って連携取らないとなっ。じゃ、俺は仲間と合流すっから。一緒にあのクソチーターどもをぶっ潰してやろうぜっ」
「おうっ」
拳をこちらに向けて走り去っていくケロケロを見送り、ガロとミリィに向き直った。
「嬉しかったね」
「ああ」
ミリィが笑って。
「ちゃんと見てくれている人もいるんだな」
「ああ」
ガロが微笑み。
「応えたくなった」
怒りだけを宿していたクルトの瞳に別の意志が灯った。
渡されたコードを使ってグループチャットに接続。ボイスチャットをオープンにする。
「初めまして。ケロケロさんから招待を受けて参加させてもらった。よろしく頼む」
クルトは余計な混乱を避けるため、名乗ることはなく挨拶だけに留めた。
「よろしく」「よろしくお願いしまーす」「よろっ!」「新しい仲間だ!」「よろしゅう」「よろしくね」「援軍だぁ」「よろよろぉ」
繋がっているプレイヤーから多様な反応が返ってきた。
ソロでやってたときはこういうのも楽しみの一つだったな、と少し懐かしい気持ちになった。
「考えがある。みんな、協力してくれないか」
拒む者は誰一人としていなかった。
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