チームCC②
『ウォーカー』における透哉の勤務形態は少しばかり特殊だ。
勤務時間は九時から二十七時の間で最低四時間。月に二十日働けばいい。もちろん勤務時間が短い分、固定給は低い。だがチーターを排除するほど給与に上乗せされるため、決して低賃金というわけでもない。
しかも福利厚生で家賃激安の宿舎まである。ゲーマーに必須であるネット環境完備。家具家電付きの1DK。
不満などあろうはずもない。
百年以上前に働き方改革という政策があったらしいが、成果を出せば働く時間は短くてもいいよ、と言う『ウォーカー』のやり方は革命に近い。
そんな好待遇な企業での午前九時土曜日。
透哉は惰眠を貪っていた。掛け布団を蹴っ飛ばし、ティーシャツとトランクス姿で、ボリボリ腹を搔きながら微睡んでいた。
そんなだらしのない寝姿を見ている人影が一つ。
「おっはよーっ! と、う、やーっ!」
「ぐはあっ!?」
ソプラノと衝撃が同時に襲ってきた。一発で目が覚めて見れば、私服姿のみりあがのしかかっている。びっくりするくらい満面の笑顔。
「おはよ! デートしようよ!」
「なんでだよ!」
「きゃんっ」
人の寝室に忍び込んだ不届き者に枕を投げつけた。そのままベッドから転げ落ちる。
「またナズナさんが部屋の鍵渡したのか」
「やーねー。前に透哉くんに注意されてから渡してないわよ。それに呼び鈴鳴らしたのに居留守を使う透哉くんも悪いと思うなー」
「寝てて気づかなかっただけですよ」
ナズナも来ているのか。確かに年頃の女の子に男の部屋の鍵を渡すのはいかがなものかと注意したことはある。ちゃんと守ってくれているのはいいが、そもそも出入りをさせるなという意図が全然伝わっていない。
「それよりも透哉くん、女性の前なのになんて格好してるの」
「勝手に入ってきたのアンタたちですよね!?」
「朝から元気ね」
「誰のせいだと――」
「ううん、下の方」
「ん?」
ナズナが指差す先を追って視線を落とす。超速で掛け布団を引き寄せて主張の激しい分身を覆い隠した。
「そりゃ朝ですからね!?」
「えっ、何の話? 何の話?」
「みりあはわからなくていいから!」
起きたばっかりだというのにもう疲れた。今日は有給取ろうかな。
「んで、こんな朝っぱらから何の用? 俺昨日遅くまで『ソル』に潜ってたからもうちょい寝てたいんだけど」
「じゃあ添い寝してあげよっか」
「安眠妨害はやめろ」
ころんと横に寝そべったみりあの顔に枕を押し当てて、透哉は仕方なく起きることにした。ズボンを履いてとりあえず最低限の身だしなみだけ整える。
「えっとね、今シーズンってあと一週間で終わっちゃうでしょ? それでユーザーはランク戦で追い込みかけてるんだけど、なんか今日は朝からチーターが多いのよ。だから、ね?」
「そいつらを潰せばいいんですね。すぐログインします」
チーターは存在しているだけでゲームの健全性を損なう害悪だ。多少の睡眠不足になど構っていられない。
「ふふ、やっぱり世界大会二連覇した実力者が言ってくれると安心感が違うわね」
「……俺の実績はもう取り消されてます。過去の栄光ですらないですよ」
透哉が返した言葉にナズナは自身の失言を悟った。
「あ、ごめんなさい、そういうつもりで言ったわけじゃないの」
「気にしてませんよ」
本当に気にしていない。気にしているのはもっと別のことだ。
「雅楼は?」
「もうスタンバってるわ」
「了解です。みりあ、出るぞ。ついてこい」
「終わったらデートしてくれる?」
「してやるからついてこい」
「やったぁ」
喜びながらベッドから飛び降りて前を歩く透哉を追う。
部屋を出てゲーム部屋に向かえば、ナズナの言った通りすでに雅楼が準備を終えて待っていた。
「早かったな。
「何を使ってるのかわかってるか?」
「確認できているのは
「せいぜいが中級品のツールか……なら必要ない。いつもの布陣で十分だ」
「了解だ」
透哉と雅楼は端的にやり取りを済ませると『オネイロス』を首に装着してリクライニングチェアに座る。
「みりあ、そういうわけだから今日は好きに動いていいぞ」
「おっけぇ。助かるぅ」
準備を進める三人の会話に無駄口など一つもない。軽口を叩けど目は笑わず、刃物のように研ぎ澄まされている。
みりあはストリーマーだった。愛嬌のある喋りとプレイヤーとして高いスキル、ファンを喜ばせるサービス精神が魅力的。フォロワーが五十万人を超える女子高生プロゲーマー。
雅楼はコーチャーだった。チームメンバーや一般プレイヤー相手に戦術や立ち回りなどを教えていた。コーチングした人数は優に四千人。プロゲーマーとしてたまに大会にも出場しており、入賞者の欄でよく名を見かけた。
そして透哉もプロゲーマーだった。一昨年、世界大会で優勝し、去年もう一度優勝した。念願の二連覇。こと『ソル』に関しては世界で最も強いことを証明できた。
三人とも活躍の場は違えど同じ世界に住んでいた。
まだ『電子競技不正防止法』が成立する前のこと。突如としてチーター疑惑がSNSで広がって、この世界から追放された。
全く身に覚えはなかった。真実そんなもの使ってなどいない。
だが根も葉もない噂が広がり、憶測が飛び交い、矛盾に満ちた証拠が乱立した。
決定的だったのは『ソル』のシステムがチートを検知したログと、回線業者に照会して特定した端末情報が、三人が使用していた端末に繋がってしまったこと。
SNSだけなら悪意のある悪戯でまだ済ませられた。しかし運営会社である『ウォーカー』がこの情報を公開したことにより、疑惑は確信に変わってしまった。
透哉、みりあ、雅楼は、チートに殺されたのだ。
だから憎い。
努力を否定された。築いたものを壊された。誇りを踏み躙られた。
どこかのクソ野郎の悪意と卑怯な道具に奪われた。
いま此処にいられるのはナズナが声をかけてくれたからだ。もしナズナに出会わなければ、自室に閉じこもって腐敗していくだけだっただろう。
救い上げてくれてありがとう。復讐の機会を与えてくれてありがとう。
「チームCC――出るぞ」
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