第一章:チーム CC
チームCC①
――ログアウトしますか?
目の前に表示されたメッセージでYESを選択すると視界が暗転した。しばらくして光を取り戻した目に飛び込んできたのは室内を淡く照らす照明の白。
眩さに一瞬顔をしかめて、クルト――
首に装着しているチョーカー型のVRマシン『オネイロス』の電源をOFFにしながら室内を見回した。
ゲーム専用のために用意された部屋には、人間工学に基づいて開発された専用リクライニングチェアが十二台並んでいる。自分を含めて三人、その椅子に腰を掛けていた。
一人はミリィこと
もう一人はガロこと
「ログアウトしたのは俺だけか」
戻ってこない同僚を横目に、ぐぐーっと凝り固まった身体を伸ばした。時間にして八時間。ずっと座っていたものだから身体のあちこちが気怠い。
『ソル』というゲームは最高に楽しいが、やりすぎると健康を損ねるのは間違いない。
そんなことを考えながら軽くストレッチをしていると誰かが部屋に入ってきた。
「あら、戻ってきてるのは透哉くんだけ?」
「見ての通りですよ、ナズナさん」
スーツ姿の女性は柔らかく微笑みながら傍に寄ってきた。
「もう定時だから上がってもいいのに。本当に『ソル』が好きなのね。運営会社の一員としては嬉しい限りだわ」
『ソル』が好きなのはその通りだが、理由はたぶん違う。二人が戻ってこないのは、作戦を台無しにしたミリィにガロが説教でもしているからだろう。
そんなことを知ってか知らずが、ナズナはゲーム中の二人に優しい眼差しを向けながら、水の入ったペットボトルを手渡してくれた。
ちょうど喉が渇いていたから、遠慮なく受け取って口をつける。
「それにしても三人のおかげで本当に助かってるわ。今日も身元が特定できたチーターの数が二十四人! 今月はもう五百人を超えてるわよ!」
「んじゃ、あとはその情報を回線業者に照会してサーバーへのアクセスをブロック。警察に情報渡して捜査してもらうだけってことですかね」
「ええそうね。『電子競技不正防止法』
いまの時代、『ソル』などのオンラインゲームの経済効果はかなり大きい。だからこそチーターの存在は国の経済に打撃を与えるほどの社会問題になっていた。
故に国家としても対策を迫られた。
それが『電子競技不正防止法』。内容をかいつまむと、運営企業が不正を行った個人を特定することを許可するという前衛的な法律だ。
いままでは企業に出来ることと言えばアカウントを凍結するか、検知プログラムでチートツールをブロックすることくらいだった。
しかしアカウントはいくらでも替えがきく。チートツールも検知を回避するように改修されてしまう。いつまで経ってもイタチごっこ。
根本的な対応しようとしたら公的機関を通した複雑な手続きが必要になる。いままでは時間も手間も金もかかるから現実的な手段ではなかった。
だが『電子競技不正防止法』が成立したおかげで企業が独自に動けるようになり、迅速な対応が行えるようになった。
おまけに国が開発した探査プログラムが企業に公開されており、それを自社のゲームに組み込むことによってほぼリアルタイムで身元の特定が可能となった。
『ソル』運営会社『ウォーカー』ではチーターをキルしたときに身元特定とアカウント凍結の処理が同時に行われるようにしている。
わざわざキルする必要があるというやり方は
「でもいくら潰しても減らないもんですね。毎試合必ず一人はチーターがいますよ」
「最近できた法律だからね。こればっかりは地道に行くしかないわよ。でも朗報よ?」
「朗報?」
「先月身元を特定したチーターの一部が訴訟されることになりました!」
「マジか!?」
豊満な胸を反らしながらドヤ顔をするナズナ。思わず目がいってしまう悲しい男の
「しかも刑事訴訟よ?」
「マジか!?」
歓喜の驚き。それはでかい。でかすぎる。
「なになに!? 何の話してるのクルトっ、私も混ぜて!」
ソプラノの声と一緒に赤い物体が飛んできた。座ったままの透哉の上に跨って満面の笑みを浮かべている。
ログアウトして戻ってきたみりあだ。
「おい高校生、話に混ざるのはいいけど上に乗んな」
「ええーなんでー? 私そんなに重くないでしょ?」
にんまり笑いながら、透哉の胸に手を置いて身体を揺する。
わざとやってんなこいつ。
「透哉くん、その……あまりプライベートに口出ししたくはないんだけど、そういうことは場所を選んでくれないかしら?」
成人男性に跨る女子高生という絵面を前にしてナズナは若干顔を赤らめていた。
「えっ、なんで俺が注意されんの!?」
「そうだよ! 私とクルトが愛を育むのに場所なんて関係ないもん!」
「お前と愛を育んだ覚えもないわ!」
馬乗りになっているみりあを放り投げた。わざと誤解を招くような言い方をしやがって。
「お前たちは相変わらず騒がしいな」
今のやり取りを見ていた茶髪の青年が透哉たちを見て苦笑していた。
「ガロ」
「雅楼だ。こっちはリアルだぞ」
「おっとすまん」
「みりあもな。クルトじゃなくて透哉だろ」
「はぁい」
ゲーム内ではプレイヤーネーム。現実では本名。それぞれで使い分けるのがマナーだ。
「で、飛雛。刑事訴訟されるというのは本当なのか?」
「ええ、本当よ」
「それは素晴らしいな」
うんうんと雅楼は何度も頷く。
「え? なに? どゆこと?」
みりあはいまいちピンと来ていないらしい。
「刑事訴訟されるということは、もし裁判で有罪になればチートを使うことが犯罪行為だと法的に認められたことになる。そうなればいままでチートを使っていたプレイヤーはどうすると思う?」
「そりゃ使うのやめるんじゃないの? ゲームやってて犯罪者になるなんて割に合わないと思うし」
「つまりチーターが減る」
「なにそれいいことじゃん!?」
ようやく合点のいったみりあはぴょんぴょんと飛び跳ねる。その無邪気さに成人している残り三名はほっこりした気持ちになった。
「あ、でもそしたら私たちってどうなるの? 私たちって『ソル』のチーター対策のために雇ってもらってるじゃん。チーターいなくなったらもしかしてクビ……?」
その問いにナズナはきょとんとした。それからみりあの不安を察してクスクスと笑いをもらす。
「そんなわけないじゃない。確かに君たちをチーター対策チームのメンバーとしてスカウトしたけど、チーターがいなくなったからって放り出したりしないわよ」
「そっかぁ、よかったーっ。私ゲームしか取り柄ないからこのままクビになったらどうしようかと思ったぁ」
「クビ以前にみりあちゃんはまだ在学中だから正式な採用は卒業後よ? ちゃんと来年卒業できなかったらアルバイトのままだから、お勉強も頑張ってね」
「………………が、頑張るっ」
不安だ。
ふとナズナの表情が真剣なものになった。
「……君たちがチート疑惑のせいでプロゲーマーの立場を追われたのはわかってるわ」
そう。この三人はもともとゲーミングチームに所属するプロゲーマーだった。だがチーター疑惑を向けられ、チームから追われた共通の過去を持つ。
もちろんチートの使用など、三人にとっては身に覚えのないことだった。
だけど誰も信じてくれなかった。仲間と思っていた者たちさえも。
「ナズナちゃんも、私たちのこと疑う?」
傷に触れられた三人の表情は一様に曇る。
「まさか。疑ってるなら声なんてかけない。それにそんな卑怯な道具がなくても、確かな力を持ってるところを十分に見せてもらってるわ」
ゆるゆると首を横に振ってナズナは否定する。
「私が言いたいのは、このお仕事は君たちになら安心して任せられるってことよ。君たちはチーターを許せないって正しい怒りを持ってる。ゲームって本来は楽しいものでしょう? それがお金儲けの手段になって、チーターのせいでつまらないモノになっちゃうなんて、よくないことだわ」
同意見だ。もともと好きで始めたこと。プロゲーマーになろうとしてゲームを始めたわけじゃない。好きを突き詰めていった結果プロになっただけだ。
「君たちなら『ソル』を在るべき形を戻すことができると思うの。だから力を貸して」
チーター疑惑のとき、誰も信じてくれなかった。誰も守ってくれなかった。
だけどナズナは信じてくれて、任せてくれるという。チーターに対する自分たちの怒りにも理解を示してくれる。
応えたいと思うのは自然なことだった。
「任せてくれ。それが俺たち『
みりあも雅楼も頷いた。同じ気持ちらしい。
「でも前から思ってたんだけどチーム名ダサくない? 名前つけたのって雅楼だよね。センスないよ」
「失礼な。わざとそういうネーミングにしてるんだよ。チーターからすると倒したくなるような名前だろ? チーターから狙われやすくなる」
「うへぇ、普通にヤなんだけど」
「なに言ってる。チーターの方から寄ってくるんだぞ。わざわざ探す手間が省けるだろ。効率良くチーターを潰して回れる」
「あ、なるほどぉ! あったまいいね!」
「お前が馬鹿なだけだ」
「聞いた!? ねえ透哉聞いた!? いまバカって! バカって言われた! ひどくない!?」
「この前のテスト結果を聞いてるからなぁ……悪いけど庇えないわ」
「なんで透哉がそれ知ってるの!?」
「ナズナさんから聞いた」
「ナズナちゃぁん!? 内緒にしてって言ったのにぃ!」
「ごめんねー? でもみりあちゃんの家庭教師してる透哉くんにはどうせすぐバレるんだし」
謝りつつもナズナに悪びれた様子はない。当たり前だ。むしろ隠そうとしたみりあが悪い。
「前回よりも赤点が二つ増えたらしいな。課題増やすから覚悟しろ」
「鬼ぃーっ! いいじゃん! 卒業したら『ウォーカー』に就職するんだから別に勉強しなくてもいいじゃん!」
「その卒業が危ぶまれる成績だろうがっ!」
「世知辛いよぅ……」
いや、お前が普段からちゃんと勉強していれば良い話だ。
「君たちはいつも楽しそうでいいわね」
嫌味でも何でもなく、ナズナは本当にそう思って言っているのだから反論しようもない。
「でも楽しいのもいいけど、君たちには少なくないお給料を払ってるんだから、ちゃんと結果は出してね!」
とまあ、いい笑顔で現実的な話で釘を刺されてしまう。
「世知辛いな」
楽しいだけでは食っていけないと。
世の中そういうものか。
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