応援コメント

第30話 絶望」への応援コメント

  • 善も悪も、希望も絶望も、喜びも悲しみも、ただの反応ですもんね。
    そういう風にこの世界に育てられただけで、この世には事象しか……それも観測者がいなければ現実とは言えないのでしょうか。

    5歳頃、死が怖かったです。いつか無になるのが怖くて、毎日泣いていました。
    今は少しだけ怖くなくなりました。
    なるほど、これが思考の放棄、痴呆の始まりですか。

    作者からの返信

    慣習的道徳というやつでしょうか?

    個人的には原始的というか本能的というかそういうプリミティブ派生の道徳に興味がありますね。

    これは短い文面で説明できそうにないですが、道徳観念がいくら慣習に影響を受けているとはいえ、それが形成されていく過程では大きく感覚に影響を受けているだろうと考えてのことです。

    観測問題とは離れますが、平衡状態(慣習道徳)と非平衡状態(道徳形成)のようなイメージでそのファクター? ……みたいな(笑

    同じ事象に対して様々な反応を示す個の多様性がどのようにひとつひとつの集団としての多様性につながっていくのか……ここをよく知りたいですね(繰り込みとスケーリングっぽい話ですけど

    なんかよくわかんなくなってきたのでもうやめます(笑

    それにしても、5歳で死に対してそんな反応を示すとは……何というか、なかなかにしんどい話ですね。

    死については考え始めると際限ない気がするので今の状態はほどよくとてもいいのではないでしょうか。

    『肝心なことは死に食われぬことだ』

    受け売りですが、とりあえず、こう結んでおきます。