第28話 おねだり

 この人気のない時間帯に公園のベンチに座りこむのが習慣だった。

 まだ夜の明けていない、それも明け方。

 薄明りが夜のとばりを少しづつ侵食していく過程、それを感じることに言いようのない満足感を得ていた。

 それと合わせ、いつものように周囲に暮らす生活の息づかいが聞こえてくる。

 老朽化したアパートの階段を打つ足音。

 可愛がりのペットを連れた老夫婦の話声。

 明かりのついた小窓の向こうからは朝食を準備しているだろう香りが風に吹かれて漂ってくる。

 今日も、いつものお勤めを立派に果たすため、腕によりをかけて、とまではいかないが、じゅうぶんに揃った品々。

 炊き立てのご飯を椀に装って、それを人数分そろえ、お盆に載せてから運ぶと、これから出かけることに抗うように寝っ転がっていた世帯主も、おうよおうよ、と卓につく。

 すでに卓にはおかずが並んでいる。

 あらかじめ置かれたお味噌汁をまずは口にすると、うん、と頷くようにしてご飯を一口。

 それから迷い箸が卓上を舞い、あげくに手元にあった沢庵をポリポリとはさみながら、ようやくお目当ての品に手をつける。

 あとはそのくりかえし。

 そこを包みこんだ平穏さにとくべつな有難みを抱くことのないそんな優しい家族。

 疑う必要もなく、比べる必要もない、理想の家族だった。

 出来上がっているものはいつでもきっと退屈で、何かが欠けていることではじめて人は何かを補おうとする。

 それを思うと小さく笑った。

 あこがれていたわけでもない。

 もとめているわけでもない。

 過去が戻ることなどありえはしない、それはそれで仕方がないと折り合いをつけながらも、もの悲しさを手前におく。

 そして、浸った先にあったものから何を得ることもできずにいつも同じところに帰り着く。

 気がつくと辺りはすっかり日常の風景。

 ゴミ箱を漁る野良猫。

 宙と地面を闊歩する烏。

 それからいつもの迷い人。

 こことあそこを重ねるようにして、とらえていると、また小さく笑った。




 ――ないものねだりこそ欲望の権化?

 ない、わかってる、でもほしい。

 補うべきか、捨て去るべきか、そのまま進むべきか。

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