第23話 せんせい

 僕のせんせいはちょっと変わった人だった。

 小さいからだで大きな相手に向かっていた。

 腫れ物扱いされても愚痴をこぼさず、もくもくと自らの従うところに従った。

 されど人の評価について愚鈍というわけでもなく、よくこんなことを言った。


 お前がいだくものは常にお前のものであることを忘れるな。

 困ったらそのために抱け。

 自分の感性の中にこそ他があることを信じろ。

 それを否定することは他に感謝ができていない証拠だ。


 何を言ってるんだか、とそのときは聞いていたが後で思い返すと、なるほどな、と感心した。

 自分の内側に入っていくほど、外側に置いてきたものが内側にはっきりとあらわれて、せんせいと同じことを言っているような気がした。

 ふとしたときに意識する。

 日常と稀な日常。

 たいていのときに思い当たった。


 せんせいはある時から僕のせんせいではなくなった。

 僕だけではない、皆のせんせいでもなくなった。

 それにはひとりの少女が関わっていた。

 少女はせんせいに慰みものにされたと皆が口をそろえて言った。

 ただしそれは耳にしただけのことだ。

 本当のところははっきりしなかった。

 それでも僕と皆の前からせんせいは去り、少女も去った。


 せんせいがいなくなって僕は僕なりの人生を送っていった。

 落ち込めばやがては前進して、浮足立ちながらやおらに後退する。

 もといたところからいくら動いていたのかは判然としなかったけれど、いろんなことを味わった。

 様々な人生模様も見聞きした。

 それでもやはり僕にとってはっきりしたものは得られなかった。


 久しぶりにせんせいに出会う。

 それは偶然だった。

 せんせいは少しも変っていなかった。

 相変わらずにちんちくりんななりで、些細なふるまいを見ていると、周りに迷惑をかけるところも変わっていなかった。

 僕はせんせいに聞いてみた。

「あいつはどうしてますか?」

 せんせいは照れなく言った。

「元気に嫁さんしてくれてるよ」

 依然として僕はわからないままだったが、せんせいの言っていたことが頭のなかをぐるぐると回っていたことだけは確かだった。




 ――かつての先生の言葉?

 起立、気をつけ、礼。

 ごった返しているけれど、ほんのすこしの間、むかしに戻れた気もします。

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