第22話 暴力

 大沼さんはひとり思った――。


『人を殴るには拳がやはり一番適している。ヒトの痛みがひとの痛みを通して、まさしく手に取るようにわかるからだ。何と言ってもそれに限る。鉄パイプ? 金属バット? そんなものは臆病者の成れの果てが持ち出してくるお粗末なファッションアイテムのひとつにすぎない。いまだに頼っている坊やは今すぐ悔い改めたほうが己のためだ。野放しにしておくと、遠くの方から眺めるだけ眺めて、痛みの本質に目を向けようともしない憐れな道化のひとりになってしまうこと請け合いだ。そういう輩の末路なんてしょせん、この暴力描写は一味違うね、ということをしたり顔をしながら平然と言い放ってしまう痛々しい人間だ。


 わからないって?


 そいつの隣にいるツレの顔をよく見てみればいい。わけもなくヘラヘラしているだろ? そのときに生じた仄かな反発心がまさしくその萌芽だ。


 もっとわからなくなったって?


 老婆心ながら言っておくが、そういう不可解さはぜひとも大切にしてほしいと思う。


 話を戻す。


 そんことよりも拳だ。拳を固めただけでも相手の心臓を締め付けたような気になる。血がにじんできそうな程ギリギリと握りこめば、それはもう相手の心臓を潰しているような気分だ。高らかに掲げ、天唾の背徳を知りながらも、振り下ろすといつも決まって悲痛の享楽が胸を打つ。


 嗚呼、これぞ至高。


 おっといけない、たかぶりすぎたようだ。

 やはり鎮める必要があるな。

 畜生、一体いつまで待たせるつもりだ』




 待合室にようやく案内人がやってくると資料を開けながら言った。


「本日はどのコースになされます? ロウソク、ムチ、縛りは基本無料となっておりますが、オプションとしてはこちらのようなものがご用意されております」


「拳だけでいい」


「かしこまりました、顔面グ―パンチ凌辱コースでございますね」




 ――痛みにあこがれる?

 SMプレイにあこがれる?

 痛みにあこがれることにあこがれる?

 恋に恋して恋せよおかめ。

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