第14話 絵
うちの小春はよく絵を描いた。
暇があれば、砂をなぞり、石でなぞり、紙をなぞった。
大きくなるとその才能が発揮され、いくつかのコンテストで表彰されるようになる。
しかし、小春はそのことがちっとも嬉しくなかったらしい。
聞くと「こんなものはいつでも描ける」と言って展覧会から戻ってきた作品をズタズタに引き裂く。
小さな姪はそれを見てよく泣いていた。
小春は絵を描くためにスポーツジムに通い始めた。
芸術とそこに何の因果を求めるのかはわからない。
曰く「あたしはとにかく淵に立たなきゃいけないの」らしい。
凡人には理解できないその言葉と気迫に圧倒され、とりあえずはほうっておいた。
やがてひとつの作品を完成させるとその前で小春は泣きだした。
そしてボソッと言う「やはりあたしは凡人だ」
小さな姪もつれられるようにして泣いていた。
ある午後の昼下がり。
昼食を済まして心地よい風に当たっていると小春と姪の話声が聞こえてきた。
「どうやったらおねえちゃんみたいにうまく描けるようになるの?」
「描くんじゃないよ、ぶつけるの」
姪には少し難しすぎたらしい、続く言葉は聞こえてこなかった。
私は苦笑する。
そよかぜが通り抜けると、頬を撫でていった――。
しばらくすると、馬鹿でかい小春の声が聞こえてくる。
「スゴイ、これ、スゴイ」
とっさに駆けつけて何なのかを確かめた。
台の上には姪が描いたらしきひとつの絵、いや、どう見ても落書きにしか見えなかった。
いびつな丸みに不均衡な色合い、枠をはみ出した線が中央からいくつも伸びている。
小春はそれからまったく目を離そうとしなかった。
異常な没頭が私と姪を困惑させる。
打ち震えてとうとう泣きだした。
私が姪を見ると姪も泣いていた。
それは罪悪感に襲われたときの表情によく似ていた。
私もそれを見つけると自分が悪いことをしているような錯覚に陥った。
それから小春はあまり絵を描かなくなった。
代わりに姪が絵をよく描くようになった。
あいかわず姪の絵はひどく見える。
小春は姪によく尋ねていた。
「どうやったらそんな絵ができるようになるの?」
よくわかんない、といった姪のへんてこな首の動き。
終わりに姪はにっこり笑う。
私もそれにつられて微笑んでいる。
小春だけがクソ真面目な面構えを崩さなかった。
とりあえず確かなことがただひとつ。
小春の目に狂いはなかったということだ。
そんな彼女もいまや立派にやっている。
――内にある葛藤?
大小あれど捨てたもんじゃございません。
あったからこそという時が、ときにあると思います。
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