第12話 強盗

 麗らかな昼下がり。郊外のコンビニ。入店音は今日も客をやさしく出迎える。


 店内は平和だった。入り口近くで暇をもてあそぶ読み専の若者。棚卸しに勤しむ店長、その傍で今夜のご褒美スィーツ選びに余念のない主婦の姿。


 いつもと代わり映えのしない風景がそこには広がっていた。



 若者は大きな欠伸をかますと、雑誌を元に戻して、奥にあったトイレに向う。


 新たな入店音が店内に響き渡った。


 新しい客は店内を物色しはじめた。


 誰も関心を示さなかった。


 若者が奥に消えてから間もなく、コンテナの中身とにらめっこする端にむき出しの足が現れる。


 見上げた店長は閉口した。


 目出し帽と包丁、そして全裸。


 世のなか全てに反抗心を灯らせる男の姿がそこにはあった。


 主婦も異常を察する。


 男と二人は凍り付いたようにそのまま向かい合っていた。


 しばらくすると水洗の音が二度、間隔を経ずに扉の向こうから聞こえてきた。扉が開く。手洗いセンサーが作動して、ペーパータオルが取られる。ドリンクコーナーを物色している最中に若者は異様な光景をようやく見つけた。


 

 男は催促していた。


 自分のイチモツと主婦の間を包丁で二三度行き来させる。


 主婦はその意図を把握できない。


 店長は狼狽するばかりだった。


 同じことが繰り返される。


 そうすると、恐る恐るつまむようにして主婦は男の性器に触れようとした。


 触れた瞬間、手は反射的にひっこむ。


 男は軽く首を傾げ、何かを考えるような仕草をしてからもう一度催促した。


 再び主婦が触れる。


 対する男は濁った声でただ一度だけ唸った。


 仕方なく今度はしっかりとつかむ主婦、そしてぶるぶると震わせた。


 店長は息をのみながら貧相なイモムシに釘付けになっていた。


 それはいくら刺激してもサナギから羽ばたくことはなかった。


 

 若者は声を殺して見ていた。そのまま外に駆けだすこともできたはずが、駆り立てられるように、一部始終を見ていた。ポケットに片手を忍ばせながら――。

 

 ***


 赤色灯が回っていた。

 男は手枷だけして全裸のまま乗り込もうとする。

 背後に並ぶ三人のうちひとりが漏らす。

 「……父さん」

 見覚えのあるホクロが北極星のように輝いていた。




 ――つぶやいたのは誰だろう?

 人生で最も素晴らしいことのひとつは、人は忘れるということです。

 たいていのことは水に流せます。

 

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