第10話 兵士

「せいれーつ」


 隊長の号令で、隊員は横並びに並んだ。

 点呼をとる。

 全員が気迫のこもった返事でそれに応える。

 今日も鬼隊長の一言から始まった。


「貴様らはたるんどる。まったくもって、たるんどる」


 新人兵士の一人が歩みでる。


「何がでありますか? 隊長」


 隊長の目が鈍く光った。


「ん? 誰が発言することを許した? よーし、そこの常識知らずの三等兵、歯を食いしばれ。」


 隊長は平手打ちをするかと思いきや、胸押しドーンで制裁する。


「ついでに三十回だ、はじめ」


 全員が一斉に屈み、腕立て伏せを始めた。

 あっという間にこなされる。


「よし、貴様らよくやった」


 迅速な対応に一応の賞賛を送る。


「ところでだ、貴様ら……」


 隊員はみな視線を正面に据えたままで耳を傾ける。


「貴様らは隊員同士の絆についてどう思う」


 一同が無表情のなか、すぐに命は下される。


「よし、一等兵、何か言ってみろ」


「じ、自分は、ばっちりグッド、だと思うであります」


「ん? 貴様、今、何といった?」


「ば、ばっちりグッド、であります」


「馬鹿モーーーン」


 隊長の怒号が響いた。


「貴様なぜ、『バッチグー』と言わない? 見苦しい羞恥心を晒すな。死語とかいう呪いにとらわれているのは老害の証だ。ほんとうに若い奴らは正直何とも思っちゃおらん。あ、そう、で終わりだ。それにその言い回しは別の意味で悪寒が走る、肝に銘じておけ」


「し、失礼しました」


 お決まりの三十回を挟む。

 その間、隊長は考え事をしながら、なにやら頷いていた。


「そうだ、そうなんだ。……貴様らに足りないのは恥だ」


 突拍子もないことを言いだす。

 いつものことだ。


「恥を共有せずして、どうして、お互いの背中を預けられる? そんなことでは第一線で無事に生き残ることなど到底不可能だ」


 隊員たちはまっすぐに前を向いたまま目を泳がせていた。


「よし、決めた。貴様ら順に、恥の告白を始めろ」


 内心でざわつき始める。


「まずは、貴様からだ」


 指名された隊員が前に出て、しばらく途方にくれる。


「自分は……」


 ようやく、さらけ出す。


「先週、満員電車のなかで、屁をこいたであります。それも、爆音でありました」


 隊長の目が鋭く光った。


「ぬるい。そんなことは恥とは言えん。吾輩に言わせれば、それこそ屁みたいなものだ。ん? なんだ、その顔つきは? さては貴様……何か、隠しているな?」


 告白した隊員は動揺を隠せない。


「実のところ……」


 やがて、覚悟を決める。


「そのとき自分は……、自分は糞をもらしたのであります。そしてホームの多目的トイレで、泣きながら、糞まみれのパンツを洗い流したのであります。母さんに謝りました。生まれてきてごめんなさい、四回くらい謝りましたー」


 瞬間、初っ端からハードルが激上がりする。


「まあまあだ、よし、つぎ」


 まあまあ? 一同は驚愕した。


 過酷さを増した告白大会はなお続いた。

 そして二人目。

 そこにはもはや配慮という文字がなかった。


「自分は、お気に入りのセクシー女優で自慰行為をするのが日課でありました。しかーし、とうとうそれに飽き、いろいろと試み、今度はその女優に二次元キャラの顔を貼り付けて、励んでいるのであります。はじめは悪ふざけのつもりでした。しかし、いまとなってはそれなしで生きていくことができない体になっております。心の底から感謝しています。生まれてきてマジでよかった、という思いで勤しんでおります」


言い終わった隊員の顔は妙に清々しかった。


隊長の評価を待つ。


「……体型は?」


 ――え? と一同は思う。


「だから、どんな体つきがいいんだ?」


 ――ん? と一同は思う。


「肉づきのよいのが好みであります」


「どのくらいだ? ちょいぽちゃか? ムチムチか? それともやはり、激ぽちゃなのか?」


 ――あ! と一同は悟る。


 折よく、最後に控えていた新人が、前に出た。


「失礼します」


 一同が注目する。


「自分は、隊長が同じ行為に勤しんでいるのを、昨日、目撃したであります。しかも隊長は、とんでもない体型に日曜の茶の間を和やかにする国民的アニメのキャラ顔を貼り付けて、鼻息を荒げておりました。自分は思いました。この隊は絶対に何かがおかしいと」


 一同は目を塞ぐ。


「そんな思いで、なお、この場に立っていたことに自分は耐えられぬ恥を感じ、あえて、いま申し上げました」


 一同は黙り込む。


「……よし、解散だ」


 迅速な撤退だった。




 ――え、こんなの恥じゃないって?

 そうか、恥の多い生涯を送って来たわけだ。

 反省します。


(テンポとるのが難しい、練磨研磨

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