第8話 殺し屋

 俺は殺し屋、本郷。

 伝説一家の末裔だ。

 狙った的は外さない。

 

 さっそくで悪いが、この世には不必要な人間がごまんといる。

 誰かにとっての行いは誰かにとっての妨げになるのが世の常らしい。

 芸術家、起業家、果ては国家の代表者にいたるまで、その実体は欺瞞に溢れ、そんな人間たちを依頼にしたがい始末してきた。

 歴史的事件の背景には我ら一族の存在を疑ってもらってよろしい。

 彼らは結局、路傍の石にしては目立ちすぎたのだ。

 


 今夜も標的がまた一人。

 肌衣ブラトップに薄手が一枚、お粗末な団扇ですら納涼美人には良く似合う。

 うなじから仄かに漂わすその香りが橘のような甘酸っぱさを錯覚させた。

 俺は引き金にかけていた指を緩める。

 いつかの少女の姿を想い浮かべると、淡い幻のなかに意識の片鱗が絡めとられた。

 ――思わず首を振る。

 標的をもう一度とらえ直すと、今度は息を殺して備えていた――。

 


 時が、止まった。

 かすかな音とともに、放たれる銃弾。

 筒先と標的の間には、一本の緒が描かれる。

 それは、生と死の境界線、だったのか。

 銃弾はやがて、終端に達する。

 凍結した時間が、漏刻から溢れるように、また広がり出した――。

 



「はい、ざんねん」

 射的屋台の香具師こうぐしが作為的な笑みとともに粗品を差し出した。

 彼女は俺の変わりにそれを受け取る。

「おしかったよ、そんなに落ち込まないでね」

 物憂げな眼差しは絡みとられた蝶のように美しかった。



 俺は殺し屋、本郷。

 狙った的は決して外さない。




 ――ん? 聞きたいことがある?

 ……別に、眉毛は普通だが(何言ってんだこいつ)。

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