第7話 恋愛
こぢんまりとした空間。
ジャズピアノの旋律が舞っている。
機械音には興ざめしつつも、安物の雰囲気のなかでそれは、むしろ、おあつらえ向きだった。
野郎はさっそく腰に手を回す。
私はつまむように、それをたしなめた。
高梨君はそんなことしないでしょ?
野郎の苦笑い。
黄ばんだ前歯には冷笑がふさわしかった。
一息ついて、野郎は内ポケットからタバコを取り出す。
火をつけると、さっそく、くゆらせる。
「きみ、なんで、ついてきたの?」
「仕事ですから」
「あ、そう」
乾いた笑いとともにまた煙を吐き出す。
高梨君はこんな野蛮なもの吸わないでしょ?
こんどは悟すような野郎の眼差し。
「それなりのムードって大事だよね?」
「そうですね」
「わかってるならさ……」
ふたたび、スキンシップを図ろうとするところ、がっちり掴んで、無理やり笑顔。
そこから、苛立ちと断固のやり取りがくり返される。
仕方のない様子で野郎が、一旦、引く。
「どうせ、これから、これするんだよ、きみ」
野郎は中指を立てて、小刻みにそれを震わせた。
「えー、その、まあ、そうですね」
見かねて、天井を仰ぐ。
高梨君がこんな下品な指の動かし方、するはずないでしょ?
「肩の力、抜きなよ」
野郎の手が肩にかかる。
それくらいの勘弁ならば、と受け入れた。
高梨君だと思えば。
すっかり野郎は調子に乗った。
腰に手をすべらせていく。
思わず、両こぶしをぎゅうと握った。
ねえ、高梨君、何か言ってよ。
腰を過ぎて、這わせる手が、お尻の方にまで及ぼうとしていた。
高梨君の声が聞こえる――。
私は覚悟を決めていた。
「いい加減にしろよ、クソやろう」
突き飛ばされて、野郎は転がる。
その無様さがおかしくて、鼻で笑わせてもらった。
高梨君とは大違いだった。
「おい、なにするんだ」
私は無言のまま見据えて、凄んだ。
「いいのか? こんなことして……」
この期に及んでアメをちらつかせる人間が、こんなにも醜いものだとは思わなかった。
高梨君とは何もかもが違っていた。
私は中指を立てて、唾を吐いた。
無言で去ろうとしていると、後ろの方から豚の鳴き声がまだ聞こえてくる。
眩暈がした。
吐き出しそうになるくらい。
私は恋をしてます。
高梨君?
そんな人、知りません。
でも、私は恋をしています。
それなしじゃ、とてもやってられません。
――きれいな下衆が世の中にはいっぱい?
サウデハ ナイ モノニ
ワタシモ ナリタイ
(また長くなっちゃった、反省。
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