第6話 博士

 全身まっ黒な影は青年を突き飛ばしてその場から去った。



「痛たたた、ちくしょう、あのやろうどこに行きやがった」

 (じじいにぶつかれよ!? そっちの方が時間稼げるかもしんねーだろ)

「信二、向こうじゃ」

 (なんでこやつとおると面倒に巻き込まれるんじゃろなー)

 

 博士は影の消えていった曲がり角の方を指す。


 角を曲がりきると、はるか向こうに、遠ざかっていく黒い点を見つけた。


「やろう、もうあんなところまで、これじゃ追いつけな……」

 (いや、さっきの間隔で、この設定は正直無理があるって)

「信二、これを使うんじゃ」

 (もうこやつが事件を引き起こしておる張本人みたいなもんじゃろ?)


 博士は存外なボードを抱えていた。


「サンキュー、博士」

 (どこから持って来たんだ? 青色でもないし、耳もついてるよな?)

「なに、たやすいことじゃよ」

 (こやつがおらんようになれば平和じゃろうな、ハトに毎日、エサやりたい)



 青年はさっそく乗って、エンジンを起動させる。


 ヴォルンッ、そして、デューーーン。


 「ヒャッハー、これならすぐに追いつくぜ」

  (道交法違反確定じゃん、これ)


 そう思ったのもつかの間、停めてあった車に影は乗り込む。


 「んにゃろう、余計なまねしやがって」

  (あ、パンツ飛んでる。パンツだよね、あれ?)


 

 並行するボードと車。

 いくら走ってもその距離が縮まらない。

 ピーピーピーピー。

 備え付けられたモニターに博士の映像が映る。



 「信二、追いついたか?」

  (まだ、わしの出番あったんじゃな……とりあえず、エアコンつけてっと……)

 「いや、まだだ。あいつ、途中で車に乗りやがった」

  (つーか、モニターってどこについてんだよ? 雰囲気重視で応答してるけど)

 「アレを使うんじゃ」

  (説明しとらんが、なんとかなるじゃろ? リモコンはどこじゃ、ん?)

 「サンキュー、博士」

  (あー始まったよ。アレ、でわかるわけねーだろ。東欧系少女趣味のことバラしてもいいのかよ、あ?)


 青年がカバーを開けてボタンを押すと、ボードは一気に加速した。


 「こりゃすげー」

  (うおっ、この風力、Dか? いや、Eの方でお願いします。そっちの方がテンション上がる)

 「たいしたもんじゃろ、わしの発明は」

  (そのままぶつかって先に逝けば……)


 ボードは車と横並びになった。


 「よし、追い付いたみたいじゃな」

  (ちっ)

 「いい加減、観念しやがれ……」

  (えっと、この後どうすんの、これ?)


 ボードは車と横並びのままだった。


 「博士!!」

  (とりあえず、それっぽく振っとけば何とかしてくれんだろ?)

 「信二!?」

  (こやつ……丸投げしおった! そういうところじゃぞ。うん、わし、決めた。)


 ボードは車と、以下省略。

 



 ドカーン。



 

 ……しばらくの間、博士は肩を震わせる。

 頭上ではシーリングファンがヲンヲンと鳴っていた。

 



 ――バーロー、不義だらけじゃないか。

 今回はよくないね、うん、反省してる、それに、長いや。

 やれやれ、と僕はため息をついた。

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