第4話 ヒロイン

 消しゴムのカスを集めるといつも思い出す。

 コイツはヒロインしていた。

 どこをどう説明すればそこに至るのかはわからないが、コイツはヒロインしてやがった。

 

 教室に入ってくるやいなや目の前に立ちふさがる。

 まるまるのフランスパンを大事そうに両手で抱えていた。

 口いっぱいにそれを頬張ると、モゴモゴさせながら噛むのを健気にくり返した。

 口元には欠片がくっついていた。

 

 食べおわると、流し目で言う。

 「ちょっと~、何とか言いなさいよ~」

 抑揚のつけ方が独特だった。

 何も言わないと、そのうちぷいっと横を向く。

 「もう知らないんだから」

 両手を後ろに回して、ありもしない足元の小石を蹴る。

 フランスパンはすでになくなっていた。

 

 担任が入ってくると教室のみんなが席につく。

 コイツは俺の前に居続けた。

 朝礼がそのうち始まる。

 コイツはそれでも居続けた。

 

 「あのさ~、わたし……てイイよ」

 担任の定例報告で途中がよく聞きとれなかった。

 「だから~、……してイイんだってば」

 ちょこっと目をそらすと、モジモジしながら顔を赤らめていた。

 ほっぺたにも欠片がくっついていた。

 

 「……というわけだ、あとは委員長たのむぞ」

 向こうを見ると委員長はしゃくるような返事でそれに応えた。

 ――!?。急に視界が戻される。

 「もうっ、ちゃんと聞きなさいよ」

 顎をがっちりとホールドされて頬をもみもみもて遊ばれる。

 なぜだか、ひじきパンの香りがした。

 

 コイツは俺から視線を外さなかった。

 やがてお互いの瞳が交わる。

 「今日から~、あたしは~、おまえの~、……だぞっ」

 そう言って俺の鼻先を軽く押した。

 やっぱり、大好きなひじきパンの匂いがした。

 



 ――夢と現。

 トンネルの向こうは、多分、雪国だった。

 ぶるっと震えた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る