第3話 ミステリー

 「犯人は、あなたですね」

 

 うっすらと勝ち誇った笑みを浮かべながら男はその人に手のひらを差し出した。


 疑惑を投げかけられた女が困惑を晒すことなく応える。


 「……ええと、違いますよね、はい」

 

 女は助手の方に向けて合図を送った――。


 「ここ、ここ見返してください」


 男はここから123ページ前の箇所を丹念に読み返す。


 『午後六時、女はキッチンと居間の間を往復していた。姑からの証言だった』


 男は無言で佇んだ後、助手の方に寄り添い耳打ちする。


 「……めっちゃ、恥ずかしいんですけど。勝ち誇った笑みとか、何かそれっぽい言いまわしで、バシッと決めるところでこれはないよね。そこ、もろに犯行時刻じゃん。もう犯人どころか容疑者の顔ひとりもまともに見れないんですけど」


 「はあぁ」


 呆れながらも相槌をうつ助手。


 「え、なにその顔? いや、よくあるじゃん。ここ、ページ中央の最後だから、スピン(しおり用の紐)が掛かって読み逃しちゃったんじゃないかな。うん、そう、絶対そう。偶然って怖いよね、ほんと。そういえば、昨日さ、突然お客さんが来たんだよね。そんときいい感じに掛かったんだな、これが。」


 「はぁあ」


 今度はピキっと怒り心頭。


 男は状況整理に入りこむと周りが見えなくなる。


 「お客さん? 何か高級そうなシャンパン持ってきてくれたよ」

 「聞いてねえよ、あ?」

 「あ、怖い。僕、それ怖い」

 「カタコト、ヤメロ」

 「そういえば、あのとき――」

 

 この後も男のミステリーが助手に向かって延々と披露される。

 その様は常人じょしゅにとって神秘そのものだった。

 

 ――ミステリーには推理がもれなくついてくるもんなの?

 あのー、犯人わかってないんですけど。

 ママンが死んだってやつ。

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