第16話 依頼決め

階段をおり、前を向くとまた魔王がパンを口腔に運んでいる姿がクレイの目に写る。

バスケットごと貰ったのか魔王がいる机にはパンが少しだけ残ったバスケットが乗っていた。

ふとパンに目がいっていた魔王がクレイに気づく。

魔王はパンをもった手をため息をつきながらおろす。


『やっと、起き……む?』


クレイの顔を見た魔王がその目の光を揺らす。


『貴様、その目……』


「おはようございまーす!」


魔王の低い声をかき消すように高く可愛らしい声がギルドに響く。

声のした方にはパンパンに膨らんだ鞄を肩から下げたリルトが立っていた。

ちょうど近くにいたクロエが膝を折ってリルトに声をかけた。


「はよー、リルト」


「おはようこざいます、クロエさん! 」


リルトは優しげに口角を上げる。

そしてパンパンに膨らんだ鞄からいくつもの手紙が束ねられている束を取り出した。

それを取り出しただけで鞄がぺしゃんこになる。


「わあ、今日も大量」


「やっぱり故郷を離れている方が多いですからね」


束の厚さに真顔でありながらも驚くクロエ。

リルトも微笑を浮かべながら、懐から小さい紙を取り出す。

紙には黒い判子で「リルト・エルリット」と押されている。


「こちらにサインお願いします!」


紙と赤いインクがついた羽根ペンを両手に持ち、クロエに手渡す。

受け取った羽根ペンでクロエは慣れた手つきで紙に名を記す。


「はい」


「ありがとうございます!」


笑顔で紙を受け取り、帰ろうとした時にリルトはクレイと目があった。

クレイの存在に気づいたリルトは嬉しそうに近づいてきた。

とたとたと幼い姿がための短い足を動かしていた。


「おはようございます!クレイさん!バルゴ?さん!」


「貴様もそう呼ぶのか!?」


己よりも高い身長をもつクレイと魔王を見上げるリルト。

ほぼ直角に近い形に顔をあげているため首が痛めそうである。

それに気づいたクレイはできるだけリルトの目線に合わせるように膝を片方曲げる。

腰に巻いていた青いマントが床に敷かれた。


「おはよう、リルト。もしかして仕事かい? 朝早くから大変だね」


「そうでもないですよ。鳥は朝が早いですし」


微笑む表情にクレイの重い疲れも幾分か楽になる。

するとリルトは首を傾げて自分の涙袋を撫でた。


「あれ? クレイさん、もしかして寝不足ですか?」


その言葉に肩が跳ねる。

そんなに分かりやすいのだろうかと焦ったが、取り繕った笑顔で返す。


「そんなことはない。心配してくれてありがとう」


ぎこちなくはないだろうか。

自然であろうか。

背中を伝う冷や汗にくすぐったさを感じながらも平気を装う。


「そう、ですか……」


それ以上追及してこないリルト。

だが心配そうな表情はいまだに抜けない。


「ところで仕事の方は大丈夫なのかい?」


クレイの言葉にリルトは肩から下げていたパンパンの重そうな鞄のなかから小型の時計を取り出す。

金色の装飾がされたものでチェーンがだらりと下に下がっている。手鏡のようにぱかりと蓋を開け、中で時を刻んでいる時計を見る。


「あ、確かに……。すいません、これで失礼します」


取り出したばかりの時計をもう一度バッグにしまうとベルトを握りしめながら頭を下げ、リルトは去っていった。

ギルドの扉からリルトが出ようとしたときにちょうど扉が開く。

いきなり開いた扉に驚いたリルトは立ち止まる。

扉を開けた人物はウィルシュであった。

扉のすぐそばに小さい子ども(大人?)がいるのに気付いていなかったようだった。

ウィルシュ自身も扉を開けた瞬間、リルトがいたため驚いて声をあげた。


「ごめん、気付かなかったよ。大丈夫?」


「はい大丈夫です!すみません、僕も……」


「ううん、大丈夫。仕事頑張ってね」


「はい!」


リルトは笑顔でそう答えると帽子のつばをもって扉の隙間から抜けて出ていった。

そんなリルトを微笑みながらウィルシュは見送る。


「おはようございます、クレイさん」


「おはよう、ウィルシュ。今日はよろしく頼む」


それぞれコクリと頭をさげ、依頼をきめるために掲示板へと向かった。

魔王は我関せず、といった具合で断じて立ち上がろうとしなかったという。




「これはどうだい?」


魔王を残して掲示板の依頼を漁るなか、クレイがひとつの依頼を見つける。

依頼内容は盗賊団の確保である。

この近くにある森の奥で盗賊団が根城にしている洞窟があるらしく、そこへ行き、盗賊団を捕まえて憲兵に引き渡すのが仕事の内容である。

ランクはDだ。

 

「予想の人数は8人ほどらしい。なんでも家畜を盗んだり、衣類を引き裂いたりという行為を行う盗賊団だそうだ」


依頼が書かれた紙を見せると8人ほどの人相の悪い男達の似顔絵が描かれている。


「被害が出ているのは確かではあるからな。どうだろうか」


「そうですね。それにしましょう」


ウィルシュも特にこれといった依頼が見当たらなかったためかあっさり決まった。

早速依頼を提出し、不機嫌な魔王をつれてクレイ達は依頼へと向かっていった。

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