第15話 皆の隣

「ねぇねぇ、クレイはどうするの? 」


クレイの横で座っている茶髪の娘・ドロシアがクレイの顔を覗き込むように身体を傾けた。

時は夜。

暗い森のなか、赤く燃える焚き火を囲むように倒れていた丸太を並べてクレイ等は座っていた。


「私はやっぱり杖は欠かせないな。今までこの子と一緒に頑張ってきたからね」


魔法使いであるドロシアは持っている杖を優しく撫でる。杖は木製ではない。白く長い棒状の持ち手に扇のような形をした先端がつき、それには赤色の涙型の珠が五つ並んでいる。


「あとはやっぱりお花かな。いっぱいつめてほしいなあ」


「腐葉土の出来上がりってか」


「ちょっと何よそれ!」


狼獣人の男・ルドルフは牙が並んだ口を大きく開けて笑う。ルドルフの愉快な笑い声に負けないほどドロシアの声が響く。


「というかそういうルドはどうなのよ」


ルドとはルドルフのあだ名である。

クレイ等皆がそう呼ぶため様々な人から本名が「ルド」であると勘違いされている(本人は別に気にしていない)。

ドロシアからいきなり振られたことに驚いたルドルフは考える素振りを見せると人差し指を立てた。


「俺はやっぱり酒だな!あとはお前と同じで相棒のこいつ!」


ルドルフはハルバードと呼ばれる斧と槍が組合わさった武器を握る。

銀色の鋼が焚き火を写し、赤く光っている。

丁寧に磨かれたそれは切れ味も抜群によく、どんなものでも切り裂いてきたまさに万能武器である。

酒といったルドルフに黒色の髪の男・キースが首を傾げる。


「酒の中身は入ったままかい? すこし危なくないか?」


キースの質問にルドルフは顎に手を当てる。


「んー、そうか? なら酒瓶にするか。コレクションのなかから選ぶには時間かかりそうだな」


腰から下げている麻袋を開けるとなかには大量の小さな木の板があった。

それには筆で様々な酒の名前が書かれている。

これらの酒の名前はルドルフがこれまで飲んできて気に入った酒の種類である。


「どれもこれも旨かったからなあ。迷っちまうぜ。ところでキースは何にするんだ?」


「僕かい? そうだな、やはり今まで世話になってきたメイスは欠かせないね」


メイスとは棍棒から発達した武器であり、重量のあるためかなり高い攻撃力を誇る。

僧侶であるキースだが、聖職者だからなんてそんなこと関係なく戦場ではブンブン振り回している。


「それに本は欲しいな。僕の身体が見えなくなるくらいは欲しい」


「なんかそれ本が主役になってねぇか」


「そうかい?」


キースの言葉に思わず、ツッコミをいれてしまうルドルフ。キースはおかしなことを言っている自覚がないのかきょとんとしている。

そんな三人の姿をクレイは見ていた。

楽しそうに笑う姿は魔王を倒すために旅をしている者とは思えない、思えなかった。


「クレイ」


ドロシアがまた声をかける。


「クレイは何がいいの? やっぱり白銀は一緒にいれるでしょ?」


クレイの腰にある剣・原初の白銀を見ながらドロシアは尋ねる。

クレイは辺りを見渡す。目の前には尻尾をゆっくりと揺らすルドルフに膝に肘を乗せて楽しそうに目を細めているキース、そして上目遣いでこちらを見るドロシア。


「そうだな。私は……」


クレイは微笑み、こう答えた。


* * * * * 


「……」


だいぶ見慣れた天井。

そんな天井をクレイはじっと眺めていた。

窓からは鳥が囀ずる声が聞こえる。

朝日が部屋を照らしていた。


「……ぁ」


鼻がツンとするのを感じ、思わず声を漏らす。

目から涙が零れてきそうになり、必死で止める。

だが、無理だった。

目尻からポロポロと流れてくる。

涙は枕を少しずつ濡らしていった。


「……ぐぅ…」


歯を食い縛って目を閉じ、その上に手を乗せる。

手が湿っていくのも構わず、ゆっくりと涙を引かせていく。

しばらくその状態が続き、クレイはベッドから動けずにいた。

どうせまた魔王が遅い、と怒鳴るに違いなかった。


「……そろそろ…いかないと……」


つまった鼻も目尻に残る涙もそのままにクレイはベッドから起き上がる。

近くにあった鏡で顔を見ると目が少し赤くなっていた。


「……冷やす時間もないな」


ある程度顔を湿った布で拭く。

赤みは引かなかったが、先程よりもましな顔付きになった。

剣を腰に下げ、長く伸びた髪を整える。

それだけをし終えるとクレイは部屋の扉を開けた。

重くのし掛かった疲れを見て見ぬふりをして。

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