第11話 鎧の傷
ゴブリン退治の依頼のせいで血塗れとなったクレイと魔王。その血の匂いのせいで森を抜ける途中で魔物と遭遇するは、他のパーティからは山賊と間違われるは、アリアステレサの前にいた兵士に止められ質問攻めされるは、入れたはいいものの様々な人から悲鳴をあげられるはという運のないことばかり続き、やっとのことで宿ギルドへと行き着いた両者。
「おかえんなさ……うわ汚い、臭い」
ドストレートに言うクロエの言葉にもはや傷つくことはない。
「すまない、依頼を終えてすぐだから汚れたままなんだ」
「どこか怪我はしてないですか」
「……いや、無傷。かすり傷一つもない」
「わあー、運がいいですねぇ」
それで納得したのかこれ以上聞いてこなかった。だが、魔王はクロエの言葉に肩を震わせていた。
『汚いだと……貴様今、我のことを汚いと……』
「いや、本当に汚いですから。風呂どうぞ~」
流れるように対応していくクロエ。やはりギルドにいるせいかメンタルがミスリル並である。
『なっ、離せ! この小娘!』
筋力も低下している魔王が簡単にクロエにひかれて風呂場、というか水場へと連れていかれた。クレイはちゃっかり外へと出ていた。風呂へと入る前にやるべきことがあったのだ。返り血は表面が乾いて、赤褐色となり鎧や服にこびりついている。それを洗い流しにいくのである。宿ギルドの中庭のような場所までいくと鎧を脱ぐ。本来ならばクレイは敵にいつでも対応できるようにこう簡単に鎧を脱ぐようなことはしないのだが、これは再生能力があるからという理由であるだろう。中庭のような広場にはすこし大きめの井戸があり、水を汲むことができた。魔王をつれていったクロエにたわしを借り、一緒に借りた木製のバケツに水を入れ丁寧に洗い始めた。鎧の溝をたわしの毛でゆっくりと落としていく。表面だけが乾いていたのですこし擦れば皮のように固まった血が剥がれていった。鎧にできるだけ傷をつけないようにと擦っていくが、はたと手が止まる。鎧にはとっくに多くの傷がついているのだ。これはゴブリン共に傷つけられたものだけではない。その多くがケイロス国での魔物との戦いの記録であった。クレイはそのなかの一つの傷を指で撫でる。
「この抉れたような傷はロックリザードにつけられたものだったな」
ロックリザードというのは石のような硬度を誇る3メートルほどある蜥蜴の魔物である。この傷はそのロックリザードの爪によって残されたものだ。
「このギザギザとした傷はブラックベアの牙だったか」
ブラックベアはその名の通り黒い巨体の熊の魔物である。鋭い牙や爪、そしてその巨体にはクレイとその仲間達も苦戦を強いられた魔物でもある。
「この背中の大きな傷はジャイアントクローズ、こいつは大変だったな」
ジャイアントクローズは茶色の毛に覆われ、巨大な爪をもった山猫の魔物である。動きが素早く、罠や魔法で動きを止めて仕留めたのをクレイは思い出す。
それからクレイは鎧を洗うのを中断し、鎧の傷跡を見つめていた。どれも傷跡を見るだけでどんな魔物と戦ったか、どのような方法で勝ったのかを鮮明に思い出すことができていた。ゆっくりと傷跡を撫でていく。その度に懐かしさが溢れ、そして魔王への怒りも感じてくる。
「…………早くケイロス国に戻らなければ。約束を守るためにも……」
クレイはそう呟くと息を吐き、鎧洗いに戻った。
鎧を洗い、すっきりとした表情で戻るとそこには魔王の姿はなかった。クロエに聞くと風呂に入ったあと部屋に戻った、と言われクレイも風呂に入ることにした。汚れたままで寝るのは慣れてはいるがやはり清潔にしたいという気持ちもある。
風呂に入り、自室に戻ろうとするとクロエから呼び止められた。
「クレイさん、依頼完了の手続きはまだですよね?」
「……あ、そうだった」
「ええー、ちゃんと覚えててくださいよ。タダ働きになってましたよ」
「すまない、それじゃこれを頼む」
クレイはそういってゴブリンの耳が大量に入った麻袋をクロエに差し出した。
「? 結構重い。ゴブリン20体ですよね」
「ああ、そうなんだが丁度群れに遭遇してね。多分60体以上はいる」
「ろく、じゅう……」
クロエがピクリと眉をひそめる。それはそうだ。Eランクの二人がいくら雑魚のゴブリンとしても60体以上討伐するのはかなり難易度が高い。
「すごいですね、Eランクなのに60体以上って。中々いないですよ、初めての依頼でここまでの成果をあげる人たちは」
「え、あ、ああ、ありがとう。たまたまだよ」
できるだけ不自然な動きをしないようにと身体を固める。ひきつった笑顔は違和感しか感じないのだが。
「それじゃあ、報酬の方を計算するんでちょっと待っててください」
クロエはそういうと耳の入った麻袋をもって奥の部屋へと行ってしまった。そこから10分程経ち、目の前に置いてあった果物に手をつけていたクレイにクロエが話しかけてきた。
「それじゃ、いきますよ。そもそもこの依頼自体がまあまあ高めの難易度なので本来は3000レイズなんですけど、討伐した数が三倍なので合計で9000レイズになります」
レイズというのは我々からすると円という単位となる。そのためクレイと魔王は9000円を受け取ったことになる。麻袋に入れられた金をクロエはポンッと机に置く。
「頑張りましたね、これぐらいなら5日後の夕食まで二人分食べられますよ」
「? そうなのか」
この国の金銭感覚がだいたい分かってきた。これくらいの金を貰えば大抵の食事はできるらしい。
「というかあの人食べなくていいんですかね」
クロエが机に肘をついて頬をポリポリとかく。あの人というのは魔王のことである。
「どうしたんだい?」
「あなたの仲「仲間ではない」……えっと一緒にいる人? が食事もせずに部屋へ戻ったのでお腹空いてないのかなぁって」
「本人は食欲がないのではないか? 体調が悪いのだろう」
とは言ったもののクレイ自身も魔王についてはあまり知り得ていなかった。当然空腹なのかも睡眠が必要なのかも知らない。ケイロス国では魔王は未知なる存在であったため魔王についての文献はかなり少なかったのだ。
「だったら様子見に行ってくれません? 」
そう尋ねたクロエにクレイは笑顔でこう言った。
「お断りだ」
依頼を一緒にこなしても所詮は勇者と魔王である。
* * * * * * *
「今日はこれにする」
クレイは魔王の目の前へと依頼書をつきだし、そのままクロエのところへと歩いていく。2日続きでの依頼で魔王は『なにっ!?』ときっと休む気満々だったのだろう、驚いたような声を出した。お構い無しに手続きを済ませたクレイは早速依頼の場所へと行こうとしたのだが、それをクロエが引き留めた。
「クレイさん、バルゴさん。依頼の場所についてなんですけど」
話そうとするクロエの声を遮って魔王が口を開く。
『おい、ちょっと待て! なんだ今の我の呼び名は!』
どうやら呼び名が気にくわなかったらしい。
『バルゴだと……。我はバルゴネス・ヘルヘイム・グリモアロードであるぞ!そこはバルゴネス様、であろう!』
「こっちの方が呼びやすいんで。あとバルゴネス様は長い」
昨日心配していた気持ちはどこへやら、ピシャリと反論する姿は冷静そのもので表情ひとつ変えずにクロエは言い放つ。この面倒くさい魔王の対応にも慣れてきたのだろう。対応能力が優れているのがわかる。
「欠け月の森はルーレスの森よりも強い魔物が多いので気をつけてください、以上です」
『それだけか!? 引き留めておいて!?』
声を荒げた魔王の足をクレイは思いっきり踏みつける。
「重要な情報をありがとう、それじゃ昨日より気を引き締めていくとするか」
痛みで顔をしかめた魔王を放っておき、クレイはそそくさとギルドをあとにした。魔王も渋々あとを追おうとするとクロエからまた引き留められた。
「あ、そうだ。バルゴさん」
『……だから我のことはバルゴネス様と……』
「だから面倒くさいから嫌です。依頼なんですけど体調には気をつけてやってくださいね」
クロエは被っていた帽子のつばを少し上げる。帽子の影で隠れていた金色の瞳がよく見える。
『は? 体調だと? いつ我が体調など崩して……』
「はい依頼頑張ってくださいね、それじゃあー」
一息で言い終わり、ギルドの方へと戻っていった。魔王には引き留める間もなかった。引き留めるために伸ばした手をだらりと下げる。
『何なのだ……彼奴は……』
魔王は疲れたような顔をしてマイペースにクレイのあとを追った。
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