第10話 始めての依頼
「さて……妥当なのはこれか」
クレイは依頼の書かれた紙を見つめて顎に手を当てる。いまは早朝。ギルド内にいるパーティは少なく、ほとんどが朝食を取っていた。そんななかでひときわ目立つ巨大な物体・魔王はクロエから渡されたパンを音も発てずに食べていた。いくつかのパーティの視線にも気にする様子もなく、黙々とパンを口腔へと運ぶ。
「おい」
『やっとか。それで貴様、何を選んだ?』
最後の一欠片を口腔へ放り込んだ魔王は咀嚼する様子もなく、言葉を発した。
「これだ。見ておけ」
そういってクレイは先ほど読んでいた依頼書を魔王に見せる。背丈は魔王の方が高いので腕を少しあげている。依頼書を読んだ魔王が骨の向こうにある顔を歪めた。
『……貴様』
「よし、いくぞ。ちゃんと情報は把握している」
『おい! 待て!』
魔王の声も悲しきかな、クレイはちくわ耳の状態でギルドを後にした。苛立った様子で魔王はクレイの後を追う。パンを配っていたクロエの「いってらっしゃーい」という軽い声ももはや聞こえまい。
* * * * *
『貴様にっ! 任せたっ! 我がっ! 馬鹿だったっ!』
「うるさい」
Eランクコンビの両者が訪れたのはアリアステレサ近くの東に位置するルーレスの森という場所である。アリアステレサから歩いて1時間程度かかるので全ステータス低下中の両者は少し疲れぎみであった。疲労はさすがに回復しない。
「私に丸投げしたのが仇となったな」
『偉そうにするな阿呆が! 貴様全然考えておらんではないか!』
なんだこの依頼は、と魔王はクレイの顔のすぐ前に依頼書を近付けた。紙が鼻に当たりくすぐったいし、顔の近くでは読めるものも読めない。しかし、魔王が苛立つのも無理はない。クレイが妥当だと言って選んだ依頼、それはゴブリン退治であった。はたから見たらそう難しくはない。ゴブリンにはほとんど脳がない。性欲と本能だけで生きているような魔物である。動きは単調なため、初心者が集まるパーティでも倒すのは苦ではない。だが問題は数であった。
『ゴブリンどもを20体も倒さなければならんではないか!』
魔王は指で依頼書の文字を指す。鋭い爪で今にも紙を突き抜けて穴を開けそうな勢いである。先ほど初心者パーティでも倒せるといったがそれは少数である場合のことだ。ゴブリンは頭が悪いが群を成していれば本能的に仲間同士で連携を取り合うことがある。その連携自体も敵をただ取り囲むだけであるがそれだけでも初心者パーティには命取りである。だというのにクレイは本来は両者の一つ上であるDランクのパーティがするべきこの依頼を受けたのである。
「報酬、地形、対象である魔物、それらを考えた末でこの依頼に決めた。確かに今の私たちでは少し手間がかかるが比較的に簡単なものだ」
『我が言いたいのはそこではない! 何故討伐などという依頼にした! 我は面倒な戦闘などするつもりはない!』
「……依頼することに乗り気ではなかったのはそういう魂胆があったからか」
クレイはジト目で魔王を見つめる。何か裏があるのではないかという考えが当たったのである。そうだとしても行動一つ一つに文句を言う魔王に苛立ちも感じていた。
「それならさっさと終わらせるぞ」
『我はしな……』
「なにもしなかった場合は報酬は全部私がもらう」
その言葉に魔王は悔しそうに唸り、大剣を造り出した。魔法は使いものにならないため近接攻撃しかできない。魔王は近接攻撃を好んでいない。この巨大な図体のせいで相手の懐に入るということが困難だからである。魔王はあくまで剣を振り下ろして潰したり、剣を振り相手を切り裂くためだけに大剣をつかう。
「逃げるなよ」
『誰に言っている』
オーク戦ではちゃっかり隠れていた魔王がなにを言うか。こうして両者は森の中へと足を踏み入れた。
生い茂る木々の間を歩いていけば、所々に傷がついている木がいくつもあった。木製の弓が刺さったままの木もある。戦闘の跡だというのがよく分かった。周りに意識を配りながら両者は森のなかを進んでいく。森のなかは静かで草木が揺れる音が響き渡っており、動物達の息吹きが聞こえてきた。ゴブリンのような魔物がいるようには見えないが………いや、前言撤回である。森を抜けたさき大きく開いた平地には
「ギィギィギャーー!」
気が立ったゴブリンの群れがいた。
『よし、撤退だ』
魔王は踵を返し、ゴブリンの群れに背を向ける。
『こんな面倒くさい戦闘など我はやらん、報酬など貴様にくれてやるわ』
「な、待て貴……」
帰ろうとする魔王を止めようとした途端クレイの横を何かが通っていった。それは魔王の頭にポコンと当たり、地面に落ちる。細長い木の棒であった。
「ギェギェギェー!」
後ろからゴブリン共の汚い嗤い声が聞こえてきた。そう、木の棒を投げつけたのはゴブリンである。その証拠にゴブリン共の先頭にいたゴブリンの手には先ほどまで持っていた木の棒がなくなっていた。皆が魔王のことを指差し、ゲラゲラと嗤っている。翻訳すると
「間抜けな野郎だぁー」
といったところであろうか。
だが、ゴブリンは喧嘩を売る相手を間違えていた。ゴブリンごときの魔物が棒を投げつけ、頭に当てるなど万死に価する行為である。
『小鬼ごときが………我にこのようなことをして生きて帰れると思うなよ……』
怒りで身体を震わせ、大剣を握りしめた。次に魔王がすることはただ一つ。
『血祭りにあげてくれるっ!!』
殲滅である。魔王は大剣を振り回し、ゴブリン共の群れへと突っ込んでいった。
いきなりの攻撃にあわてふためくゴブリンを魔王は次々と切り殺していく。頭、腹、足に腕。どんどん致命傷や重症をおったゴブリンが増えていく。それでもなお、怒りに任せてゴブリン共を切り殺していく魔王。
「案外チョロいな……魔王は……」
魔王の沸点は低めであった。確かに魔王である故にゴブリンなどに棒を投げつけられたらプライドなんてズタズタだろう。
「私もいくか」
クレイは剣を抜き、目の前に集まってくるゴブリンの群れへと飛び込んでいった。目の前で叫び声を上げたゴブリンの首を剣で切り落とすと、一度足を引いて姿勢を低くし、弧を描くように身体を回転させる。その動きに合わせて剣を払うと丁度ゴブリン共の目の位置へと剣は動く。わずかな手応えと共に複数のゴブリンの目から血が流れ出した。
「ゲアア!」
痛みで体制を崩していくゴブリン共を右の肩から斜めに切り裂いていく。身体の裂けたゴブリンの死体が転がると他のゴブリン共はクレイを恐れ始めたのか身を引いていく。
「逃がすわけがないだろう」
獲物を狙う魔物の如くその瞳はゴブリン共を写していた。
クレイはふっと息を吐き、周りを見渡す。地面にはゴブリンの骸が至るところに転がっており、大量の血のせいで赤い平地と化していた。その真ん中で全身を返り血で染めたクレイと魔王がたっていた。クレイは血のこびりついた剣・原初の白銀を横に振り、できるだけ血を落としている。血のせいで輝きが半分になっている。両者とも戦闘のせいで身体はボロボロ……ではなく、傷ができる度に片っ端から治っていくので無傷そのものである。
『くさい』
クレイと同じく返り血で全身汚れた魔王が言葉を発する。ゴブリンによってプライドがズタズタにされ、狂戦士バーサーカーと化していた魔王も今はゴブリン共を血祭りにあげてスッキリしたのか落ち着いていた。
「それにしても……不思議な力だな」
クレイは自らの腹をさする。さすっている場所は先ほどゴブリンの1体に槍で貫かれた場所であった。そこにはかすり傷一つも残っていなかった。ゴブリンに刺された瞬間身体中に激痛が走り、急いで引き抜くとそこから大量の血が溢れだしてきた。止血しなければ、と血の足りない頭で考えていればだんだんと血の流れが停まっていき、吐き出された血も身体へと戻っていった。ぼんやりとしていた意識もすぐに元に戻った。そこからはまた驚いた顔をしたゴブリン共との戦闘である。
『あのときのゴブリン共の顔は爽快であった』
思い出したのかクツクツと魔王は笑いだす。
『逃げた馬鹿も何匹かいたようだが、まぁいい』
「追う暇もなかったからな」
万全な状態ではない両者が簡単にゴブリンの群れを潰せるわけがない。そこにいるゴブリン共の相手で手一杯であった。
『これでクエストは完了であろう? 戻るぞ』
「待て、逃げるな」
アリアステレサがある方向へと身体を向けた魔王をクレイは呼び止める。
『なんだ。ゴブリン共はもう倒したではないか』
「依頼達成には証拠がいる、ゴブリンを倒したという証拠がな」
『証拠だと?』
嫌々そうに聞き返す魔王にクレイはゴブリンの片耳を引っ張り、それを剣で切り落とした。血がたらたらと垂れているがお構いなしにギルドから貰ってきた麻袋に詰め込んでいく。
「これをいまからする」
『………用事を思い出した、帰……』
「この国で依頼以外の用事があるわけないだろう」
またもやクレイに言いくるめられ、ブツブツと文句をたれながら魔王はゴブリンの片耳の回収を始めた。両者が倒したゴブリンの数は64匹。予定されていた数よりも3倍多く討伐していた。64個の片耳を全て集めきれた頃にはアリアステレサは橙色へと染め上げられていた。
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